201 作戦会議
「具体的な日付までは分からないけど、それで間違いないよ。『主人公』とロンバルディ家のエリゼオが、聖夜の儀式のために手を組むことになるの」
それが、ゲーム四章のシナリオだ。
「ふたりはミストレアルの輝石を使って、この国の聖樹を清める儀式に挑む。その間に色々な問題や事件があって、乗り越えていくわけだけど……」
「聖夜の儀式が何をするものなのか、ゲームでは具体的に描かれていたか?」
「え? う、うん。五十年ごとに必要な儀式だっていうことも、五大ファミリーの当主か次期当主が取り仕切る神聖なものだっていうことも、きちんと説明されていたけど……」
フランチェスカが首を傾げると、レオナルドは恐らく何かの意図を持って、にこりと笑った。
「レオナルド!? いま絶対、なにか企んでる顔したよね!?」
「まだ内緒。君をどきどきさせるための作戦だから、許してくれ」
「ううう、気持ちは隠さないって約束したのに……!」
レオナルドは、フランチェスカの顔を覗き込み、とてもやさしい微笑みを浮かべた。
「そんなことより、俺との作戦会議を続けよう?」
「ご、誤魔化してる……」
その近さに気恥ずかしくなったのは、金色の目に見通されているだろうか。
ほのかに火照ったフランチェスカの頬へ、レオナルドの手がそうっと添えられる。
「ゲームの各章で主軸となる家には、必ずクレスターニに洗脳された人間がいた。『一章』ではセラノーヴァ当主であるリカルドの父親、『二章』で侯爵家サヴィーノ当主となる番犬の父親……そして『三章』はラニエーリ次期当主になるはずだった、ダヴィードだ」
レオナルドがゲームのことを信じてくれた結果、こうした情報共有が容易くなったのを感じる。
相手がクレスターニである以上、レオナルドに教えすぎることの危険はあるのだが、頼もしいことには間違いない。
「……うん。それに、ダヴィードがソフィアさんの身代わりにならなかったら、きっとラニエーリ現当主のソフィアさんが洗脳されていたはずだよね」
それらの法則に照らし合わせると、続く展開は明白だ。
レオナルドはフランチェスカの髪を指で梳きながら、言葉を続ける。
「つまりはゲームの章ごとに、シナリオの中心になるファミリー……その当主と次期当主が、洗脳先として狙われていることになる」
これは何も、ゲームのシナリオだけが根拠ではない。
五大ファミリーは王家の名の下に、この国の裏社会を牛耳る一族だ。グラツィアーノの生家であるサヴィーニ家も、貿易を中心にして絶大な権力を持っている。
国に多大な影響を与える人間を支配下に置くことは、ゲームの内容を考慮しなかったとしても、十分に納得のいく行動だった。
「次はきっと、第四章のロンバルディ家。そしてこのままいくと、第五章では私の家、カルヴィーノ家が……」
フランチェスカはぎゅっと眉根を寄せ、大好きな父のことを思い浮かべる。
(……パパのためにも、絶対に止めなくちゃ……)
「……フランチェスカ」
手に取ったフランチェスカの髪に口付けて、レオナルドはこんな風に笑った。
「俯いたりせず、俺を見ていて」
「!」
レオナルドがこうして囁く声は、前より一層甘くなった。
(……やっぱり、いままでの『友達』とは全然違う……)
フランチェスカに触れる指先も、注がれるまなざしも、明らかに違う温度を帯びているのだ。
フランチェスカがおずおずと顔を上げ、レオナルドに視線を重ねると、彼はとろけるような微笑みを浮かべた。
「……いい子だな」
「……っ!?」
フランチェスカのことが、愛おしくて仕方ないのだと。
そのことをひとつも隠さない表情に、再び頬が熱くなった。
(今までは本当に、すっごく抑えてくれていたんだ。大事にされていたことは、ちゃんと分かっていたつもりだったのに……!)
くすぐったい恥ずかしさが落ち着かず、フランチェスカはとっても複雑な表情をしてしまった。
「これ以上被害が広がる前に、こちらからクレスターニを叩くのが今の指針だ。そうだろう?」
「……う、うん。ありがとう、レオナルド」
「とはいえこの一ヶ月間、俺たちはそれなりに動いてきたものの、さほどの成果を上げられなかった」
冗談めかして笑ったレオナルドが、フランチェスカの髪を指で掬いながら続ける。それすらも、フランチェスカを元気付けるためなのだろう。
「やはり事態が大きく動くのは、ゲームシナリオに従っての原則があるんだろう。まもなく第四章が始まるのなら、それを利用するのが一番だ」
「私もそれに、賛成だけど……レオナルド、ひとりで危ないことしようとしてないよね?」
「君に誓うよ。むしろ今考えている作戦は、俺にとってこの上なく楽しい内容だ」
フランチェスカがますます首を傾げていると、レオナルドが僅かに目を細め、静かな声音でこう言った。
「――エリゼオに、君を渡さない」
「……レオナルド……?」
どうしてここで唐突に、エリゼオの名前が出るのだろうか。
(ゲームで描かれたエリゼオのキャラクターは、そういえばほんのちょっとだけ、レオナルドとの因縁があるんだよね……)