199 形勢
(『レオナルドのくれる恋心に向き合う』って約束してから、一ヶ月も経つのに。自分の気持ちを整理するどころか、レオナルドの攻撃にも負けっぱなしだ……!!)
後夜祭のあった夜以降、フランチェスカはレオナルドに、こんなお願いごとをしているのだ。
『これからは、レオナルドの本当の気持ちを、私の前でも隠したりしないで。――我慢していたこと、気遣ってくれていたこと、全部私に教えてほしい』
『……フランチェスカ』
あのときのレオナルドは、少し驚いた顔のあと、穏やかな笑みを浮かべてこう言った。
『俺のやりたいことを、ひとつも我慢しなかった場合、君を泣かせてしまうかもしれない』
『!? な、泣かないよ、大丈夫!』
『さあ。どうかな』
そうしてフランチェスカをあやすように、レオナルドはこう続けた。
『では、お互いにこうするのはどうだ? 俺はこれから君を容赦なく口説く代わりに、君はそれが耐えられなくなったら、すぐに言う』
『……それって、十分容赦してくれてるような……』
『そんなことはないさ。きっと、すぐに分かる』
あのときは首を傾げたが、レオナルドの言う通りなのだった。
(まさか……! いままでも十分やさしかったレオナルドが、更に私に甘くなるなんて……!!)
毎朝迎えに来てくれることや、雪道でさり気なく手を繋ぎ、守ってくれるだけではない。
そのひとつひとつの行動に、必ずフランチェスカへの愛情が刻まれている。たとえばふと目が合う度に、レオナルド自身が幸せそうに微笑んで、フランチェスカに『愛おしい』と告げるのだ。
「ほとんど毎日こうしていても、君はまったく慣れないな。……好きだよ」
「…………っ」
フランチェスカのこんな有り様を、レオナルドは心底から嬉しそうに許してくれる。
「……レオナルド、私がこんなに下手くそで嫌じゃない?」
「なぜ? もちろん、なんにも嫌じゃない」
「むむ…………」
果たしてそれは、本当だろうか。
今まで『友達』を続けてくれていたときのように、フランチェスカに合わせて無理をしているのかもしれない。それを知りたくてじっと見詰めると、レオナルドは苦笑した。
「君こそ。心の平穏のためにも、俺と一緒に登校するのを断ってくれても構わないのに」
「そ、それはやだ! たとえ友達じゃなくっても、レオナルドと居ると楽しいもの!」
慌てて告げると、レオナルドは目を丸くする。
そしてそのあとで、やはりやさしく笑うのだった。
「――こんなに眩しい俺のひかりを、シナリオなんかに翻弄させる訳にはいかないな」
「!」
その言葉に、フランチェスカははっとする。
「ひょっとして、何か動きがあった?」
「今はまだ何も。だが、もうすぐ変化は起きるだろう」
フランチェスカだけを見ていたレオナルドのまなざしが、馬車の窓へと向けられる。
淡く雪の積もった王都の街並みは、街路樹に華やかな飾り付けが施され、その日の訪れを待ち侘びているかのようだった。
「今月の終わりに、聖夜の儀式が行われる」
「…………」
フランチェスカが思い出すのは、いまから一ヶ月前のことだ。
『シナリオなんかには、もう振り回されない』
あれは、魔灯夜祭の行われた数日後のことだった。
レオナルドの屋敷を訪れたフランチェスカは、応接室の長椅子に腰を下ろし、こう告げたのだ。
『これから先は、私たちからクレスターニに仕掛ける番だよ』
『…………』
あの日のフランチェスカは、数日前に『友達』ではなくなったレオナルドに、改めていくつかの情報を伝えたのだ。
『ここまでレオナルドに話した通り。この世界で起きる出来事と、私が前世で遊んだゲームの内容は、大枠が一致しているの』
『……君の説明でよく分かった。ゲームではシナリオとやらの章ごとに、各ファミリーを主題にした騒動が発生していて、それらはこの世界でも現実となっている』
レオナルドにとっては荒唐無稽なはずの内容を、彼は至って冷静に、そして的確に整理してくれた。
『未来を知っている君であっても、それらを根本的に回避することは難しい。類似していたり、対象者が変わっただけの出来事が発生する……と』
『うん。その上、私が把握できているシナリオは、この紙に書き出した内容までなんだ』
フランチェスカがレオナルドに見せたのは、メインストーリーに出てくる情報を、なるべく詳細に書き記したものだ。
『ゲームの四章は、聖夜の儀式を舞台にした、ロンバルディ家とのシナリオ。次の五章は主人公とその父親……私とパパに焦点を当てた、カルヴィーノ家の物語になるの』
『…………』
『私が死ぬまでに配信されていたのは、全七章のうち五章までなんだ。六章の情報は、事前予告で告知されていたキャラクター……隣国からの留学生のことくらいしか分からなくて』
あまり役立てないことを申し訳なく思いながらも、フランチェスカは決意を口にした。
『だからこそ、私が知識を持っている五章までのシナリオを利用して、形勢逆転を計りたい』