198 新しい誓い
「離れることを、選ばずにいてくれた。私だって、レオナルドの覚悟に応えたい」
「……フランチェスカ……」
もちろん、それで十分だとは決して思わない。
「わ、私……本当に鈍感で、なかなか上手く出来ないかもしれない。だけど、それでも……」
恥ずかしさに、顔が火照っている自覚はあった。
それを隠すため、レオナルドにぎゅうっとしがみついたまま、必死に決意を口にする。
「今度は、私が頑張る番だよ……!」
「………………」
レオナルドは、きっとフランチェスカに何かを言おうとした。
けれどもその言葉は生まれて来ず、代わりに彼のやさしい腕が、再びフランチェスカを抱き締める。
「……俺なんかに愛されて、可哀想なフランチェスカ」
「……っ、そんなこと、絶対にない……!」
どうして泣きたくなってしまうのかは、自分でも不思議なほどだった。
もしかしたら、ある種の安堵も感じていたのかもしれない。
だって、レオナルドが紡いでくれる声音は、先ほどまでよりもずうっと柔和で穏やかなものだったからだ。
「ありがとう」
レオナルドが少し甘えるように、フランチェスカへと頰を擦り寄せる。
「やっぱり俺は、君が好きだな」
「……レオナルド……」
何処か張り詰めていたレオナルドの心根が、緩やかにほどけるのを感じた。
「これからはきっと、手加減してあげられない。……俺は、君へと捧げるにふさわしい愛情を、全部余さずに注いでゆく」
「んん……っ」
フランチェスカの耳元に、レオナルドのくちびるが触れそうなほどの近しさだ。
吐息の混ざった甘い声は、それでいて真摯な響きを帯びて、フランチェスカに宣告する。
「……俺のことを好きになってもらえるまで、逃がさない」
「〜〜〜〜……っ」
くすぐったさに目を瞑ると、レオナルドは愛おしそうにくすっと笑い、それからフランチェスカの頭を撫でた。
「もっとも、君が本当に俺のものになったのなら、なおさら逃がす訳もないんだが」
「れ、レオナルド……!」
ゆっくりと離れたレオナルドに、フランチェスカは慌てて尋ねる。
「絶対に、居なくなったりしない?」
「……」
レオナルドは少し驚いた顔のあと、改めての微笑みと共に約束をくれた。
「……ああ。君に誓って」
(……よかった……)
フランチェスカがほっとしたのが、レオナルドにははっきりと伝わったのだろう。
「帰ろうか。フランチェスカ」
愛おしそうなまなざしと共に、真っ直ぐ手を差し出された。
「灯りが消えるまでに、君をきちんと送り届けないとな」
「!」
ほんの僅かに躊躇いながらも、フランチェスカはおずおずと手を伸ばす。
やさしく繋いでくれたレオナルドに、白い息を吐きながら尋ねた。
「……レオナルド、紳士だね」
「いきなりあんなキスをして、怖がらせてしまっただろう?」
「こ、怖かったというよりは……!」
あれはただ、心の底から驚いたのだ。
(いくら私に、レオナルドの本心を伝えようとしてくれたからだとしても)
夜道に積もった金色のイチョウを、さくさくと踏みしめながら俯いた。
(――レオナルドが理由もなく、あんな手段を取る訳がない)
フランチェスカの中には、そんな確信が芽吹いている。
(私のたったひとりの『友達』を、世界で一番大事にしてくれたのがレオナルドだもの。……自分の恋心を殺してまで、ずっと私のために……)
レオナルドがどんな気持ちでいたのかを想像して、胸がきゅうっと締め付けられた。
(だったら、レオナルドがその友情を壊した理由だって、レオナルドの恋のためじゃない。だってレオナルドは、自分の感情のために私を傷付けるくらいなら、永遠に友達でいることを選んでくれる人)
親友として傍に居た日々の中で、フランチェスカは確かにそのことを知っている。
(……きっと、私のためだ)
レオナルドと繋いだ手に、ほんの僅かに力を込める。
(キスをされたときに、レオナルドから感じたこと。もうすぐ死んじゃう恋人を、甘やかしているみたいなあの表情……)
フランチェスカは、レオナルドに気付かれないように決意をした。
(レオナルドの気持ちにだけじゃない。……私にはきっともうひとつ、向き合わなきゃいけないことがある)
そんな思いを胸に、秋の終わりと冬の始まりが混ざった並木道を、レオナルドとふたりで歩いてゆく。
***
そんな後夜祭から、一ヶ月ほどが過ぎた。
文化祭を終えてからしばらくが経ち、二学期の期末テストを目前に控えた、十二月の上旬の朝のことだ。
「おはよう。俺の可愛いフランチェスカ」
「お、おはよう、レオナルド……!」
屋敷の前に馬車を停め、いつも通り待っていてくれた『親友』あらため『婚約者』に、フランチェスカは挨拶をした。
カルヴィーノ家の構成員たちが睨みを効かせる中、自然な手付きでエスコートをしてくれるレオナルドに促され、フランチェスカは馬車に乗る。
フランチェスカの隣に座ってドアを閉めるレオナルドに、気合を入れて宣言した。
「私、今日こそレオナルドに『負けない』から!」
「へえ? それはそれは」
動き始めた馬車の中で、レオナルドが楽しそうに笑う。
そうしてフランチェスカの手を取ると、少し悪戯っぽい笑みを浮かべて言うのだ。
「……俺がこうして、手を繋いでも?」
「んむむ……っ」
口を噤んだフランチェスカに、くすっと笑って更に続ける。
「こうやって、手の甲にキスをしてみせても……」
「!!」
ちゅ、と軽い音を立てた口付けに、思わず目を丸くしてしまった。
以前、これと同じように、フランチェスカへのキスを試されたことがあるのを思い出す。
あのときは、嘘や冗談であるふりをしていた。
けれども今のレオナルドが浮かべるのは、揶揄うようではありながらも、決して嘘のない微笑みだ。
「本当に、降参せずにいられるかな?」
「む……むむむ、む」
顔が赤くなっている自覚はある。フランチェスカはぷるぷると震え、様々な工夫を試みるものの、結局は観念してしまった。
「……む、無理かも……!」
「……っ、はは!」
早速根を上げたフランチェスカに、レオナルドは何故か上機嫌だ。
「愛らしいフランチェスカ。『俺がどれだけ君を口説いても、それを受け入れる』と決意をして、この一ヶ月ほど頑張ってくれているが――……」
フランチェスカからくちびるを離し、それでも繋いだ指は解かないままに、レオナルドが金色の目を細めた。
「どうやら今日も、俺の勝ちだな?」
「うう。ご、ごめんねレオナルド……!」
自分の恋愛許容量の不甲斐なさに、フランチェスカはぎゅうっと目を瞑った。