197 心から大切なあなたへの(198話は目次の次ページ)
【第4部1章】
『――俺は、君のことが好きだよ』
たったいまレオナルドに告げられた『本心』は、さびしい響きを帯びていた。
穏やかな潮騒のようなのに、左胸をきゅうっと疼かせる。捧げられた想いの切実さに、フランチェスカは月色の瞳を見上げた。
(……レオナルドが、私のことを、好き)
それが真実であることなど、もはや疑いようはない。
フランチェスカは震える声で、こちらを見下ろすレオナルドに尋ねる。
「……いつから……」
「…………さあ」
フランチェスカからゆっくり離れて、レオナルドはとてもやさしく笑う。
「どこまでなら恋と呼ばずにいられたのか、線を引くのは難しい」
微笑みの中に、自嘲のような呆れが混ざった。
「君のことを好きではなかったときの感情なんて、俺には思い出せないからな」
レオナルドは、柔らかく曲げた人差し指の背で、大切そうにフランチェスカの頬を撫でる。
「それなのに、ずっと隠して傍にいた」
軽やかに紡がれたその言葉に、左胸がずきりと音を立てて軋んだ。
「これは、君への裏切りだ」
「……っ!」
少しの強引さを帯びた指が、フランチェスカのおとがいに再び触れる。
どんなときでもやさしいレオナルドが、こうしてフランチェスカに強いたことなど、今までに一度もなかったことだ。
「だけど俺はもう、この本心を隠さない」
それは、ある種の誓いにも聞こえた。
「君を、手に入れる。……どうあっても」
「……レオナルド」
フランチェスカに対してではない。
自分自身に言い聞かせるかのように、レオナルドの真摯な声音がそう紡ぐのを聞いて、フランチェスカはきゅうっとくちびるを結んだ。
「俺はもう二度と、君の友人には――……」
「………………」
何かを言い掛けたレオナルドが、次の瞬間に息を呑む。
「!」
それはきっと、フランチェスカがレオナルドに抱き付いて、ぎゅうっと腕を回したからだ。
「…………フランチェスカ?」
「……ずっと」
彼の胸へと顔を埋め、泣いてしまいそうになるのを必死で抑え込みながら、フランチェスカはくちびるを開いた。
「レオナルドが、守ってくれていたんだね」
「……!」
なにか言葉を紡ごうとする度、これまでの出来事が脳裏を過ぎる。
レオナルドが友達になると言ってくれたあの夜は、生きてきた中で一番嬉しかった。初めての放課後も、授業の合間の他愛ない会話も、一緒に過ごした夏休みも、すべてが掛け替えのないものだ。
「私が欲しかったもの。……憧れていたもの。『友達』っていう宝物が傍にある時間を、誰よりもレオナルドが大事にしてくれていた」
こうして形を成した『友情』は、レオナルドが大切な本心を殺してまで、フランチェスカのために守り続けてくれたものだ。
(どうして、なんにも気付かなかったんだろう)
これまでどんな感情を抱えて、フランチェスカの傍に居てくれたのだろうか。
「……長い間、嘘を吐かせていてごめんね……」
「――――っ」
レオナルドが、僅かに息を呑んだような気配がする。
そうかと思えば彼の腕は、強さを感じるのにとてもやさしい力で、フランチェスカを抱き締め返すのだ。
「君が俺に謝ることなんて、何ひとつない」
「……違うよ。だって、私が全部……!」
「フランチェスカ」
レオナルドの大きな手が、フランチェスカの頭をゆっくりと撫でる。
「君の『親友』でいられた日々は、俺にも掛け替えのないものだった」
「……っ」
その言葉も揺るぎない本心なのだと、フランチェスカに刻み込むように。
レオナルドの低くて甘い声が、少しの掠れを帯びて紡がれる。薔薇色の髪へと触れる指は、小さな子供をあやす撫で方とは明確に違う、さびしさの混じった色気を帯びていた。
「俺にも全部が大切で、特別だったよ。ずっと甘んじることになっても構わないと思っていたのも、嘘じゃあない」
「……だけど……」
「……うん」
フランチェスカの額にくちびるをうずめ、レオナルドは小さな口付けを落とす。
「それを壊してでもと、もう決めた」
「……レオナルド……」
レオナルドの囁く愛の言葉は、やはりどうしても懺悔に似ている。
「可愛い君が、俺に怯えることになっても。……嫌いになられてしまったとしても、離せない」
再びフランチェスカから身を離して、レオナルドは柔らかな微笑みを浮かべる。
「俺は、どうあっても悪党だな」
その言葉を、すぐさま否定したかった。
けれどそれでは無意味だと、フランチェスカにはよく分かる。レオナルドのくれた誠実さに報いる方法なんて、たったひとつしか思い付かない。
「……約束させて。レオナルド」
一度だけ俯いたフランチェスカは、どうにか声を震わせずに告げる。
「恋が何かも、人を好きになる気持ちも、今はまだよく分からない。……だって、考えたこともなかったの」
顔を上げて、真っ直ぐに目の前のレオナルドを見上げた。
「だけど、私も知っていきたい。レオナルドが私を想ってくれる感情が、どんなものなのか……」
「……君」
月の色をしたレオナルドの瞳に、フランチェスカの姿が映り込む。
「それを知った私が、レオナルドにどんな気持ちを持つのか、ちゃんと自分で確かめたいの……!」
「……!」
夜の中、花の形をしたランタンの放つ光が、とても鮮やかに揺れていた。
「だから、レオナルドが本当の気持ちを話してくれることが、私を怯えさせるだなんて思わないで」
「……だが、それは……」
フランチェスカは手を伸ばし、レオナルドの頬をくるむように触れる。
「レオナルドが、これまで私にくれた想いも。この先もずっと傍にいて、私に教えてくれる感情も――……その全部を、私も大切にする」
瞬きをしてこちらを見下ろすレオナルドに、フランチェスカは心からの誓いを告げた。
「……これから先の未来で、レオナルドのくれる『好きだ』って言葉、ひとつひとつと向き合うから……!」
「――――フランチェスカ」
レオナルドが、その瞳を月のように丸くした。