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2 前世とあんまり変わりません

***




 フランチェスカが『前世』を思い出したのは、いまから十二年前である、五歳のときだった。


 きっかけは日常のささやかな事件だ。父を狙う敵対ファミリーの人間に誘拐されかけ、その時にごちんと頭をぶつけた。


 それをきっかけに、前世の記憶が蘇ったのだ。


(小さいころに死んじゃったパパとママ。ふたりの代わりに育ててくれて、大好きだったおじいちゃん。おじいちゃんは、いつもびしっとした不思議な形の服を着ていて……あれはたしか、『キモノ』っていう名前の服だった)


 ぐるぐる回る視界の中で、フランチェスカは次々に思い出していく。


(馬車よりも早く走る乗り物、あれはクルマ。大きくて、中は広くて、シートもふかふかで……。運転手がいるおじいちゃんの車は、窓硝子の縁が黒かったけど、普通の車はそうじゃないなんて小さい頃は知らなかった……)


 着物を纏った祖父と一緒に、前世の自分が車を降りる。

 そしてそこは、超豪邸とも呼べる日本家屋があり、左右にはずらりと並んで頭を下げる黒スーツの集団がいた。


『親父!! お嬢!! お帰りなさいませ!!』

『お帰りなさいませ!!』

『おう。帰ったぞ』


 そんな異様な光景に、前世の自分は疑問も持たない。幼い手をぶんぶんと振って、彼らの出迎えに喜んでいた。


『みんなー、ただいまあー!』


 挨拶をすれば、厳めしい顔つきの男たちが、一斉に笑顔になって膝をつく。


『お嬢、幼稚園はどうでしたか?』

『きょうも楽しかったあ! 今度ね、クレヨンで「かぞく」の絵を描くことになったから、みんなのことを描くんだあ。「かぞく」がたくさんいるから、いちばんおっきな紙をちょうだいねって、せんせいにいったの!』

『お嬢……!!』


 感動して大喜びしてくれる彼らは、確かに家族の一員だった。だが、自分の『家』が何かおかしいことに気が付くのは、その直後だ。


 幼稚園で、『かぞく』として祖父と組員全員を描いた絵を提出した翌日から、誰も遊んでくれなくなった。


『――大変! また来たわよ、あの子』


 公園まで遊びに行くと、母親たちが次々と子供を抱き上げる。そして、こんなことを囁き合うのだ。


『あの子と遊んじゃ駄目。近付かないように、気を付けてね』

『ずっと噂はされてたけど、あの子やっぱりあの家だったのね……。組長の孫なんでしょ?』

『……?』


 小さなスコップを握り締め、一緒に来てくれた組員のことを見上げる。すると、組員は憤慨しながら言った。


『お嬢を仲間外れにしようたあ、どういう了見だ……!! ちょっと待っていてくださいお嬢。俺がすぐに言って……』

『わ、わああ! だめだよ、やめて!』


 そんなことをすれば、きっとあの人たちは怖がってしまう。それが分かったので、慌てて組員のシャツを引っ張った。


『わたし、平気だよ! おともだち、いなくて大丈夫。おうちにいれば、ヤスやみんなが遊んでくれるでしょ?』

『……お嬢……』

『ほら、お砂場に行こ! …………やっぱ帰ろ。ほかの子たちが、お砂場であそびたいもんね』


 それ以来、前世の自分の周りに、同年代の誰かが近付いてくることはなかった。

 加えて、あることに気付いたのだ。


(普通の家の子は、幼稚園の送り迎えで、『抗争相手にいつ誘拐されるか分からないから』って理由で送迎が五人もついたりしない)


 ましてやその送迎が、屈強に鍛え抜かれて、林檎くらいなら片手で握り潰せる男たちでもない。


(万が一のために、小さい頃から徹底的に護身術を叩き込まれたりもしない。ましてや、本当に誘拐されちゃうことも普通はない。――覚えた護身術で相手を倒して、自分ひとりで家に帰るなんてことも、多分ない)


 そんなことがしょっちゅう起こるのは、送り迎えの組員が恥ずかしくて、彼らの目を逃れて登下校したことが原因だ。


(世間には言えない武器が、縁の下に隠されていることもない。毛筆で住所と名前が書かれて、謎の血判が捺された紙が保管されていることもない)


 家の中でかくれんぼをしようとすると、大騒ぎになっていた理由はこれなのだ。


(知らなかった。……平穏で普通な人生、全然想像がつかない……!)


 成長するにつれて分かったことは、どうやら自分の祖父が、いわゆる『任侠の大親分』だということだ。


 いまどき珍しいと言われる昔気質の極道で、仁義の無いことを心から嫌う。

 その結果一部の同業からは疎まれているものの、裏社会では一目置かれている任侠なのだと、引退した刑事に教えられた。


 それについてを祖父に尋ねてみたのは、高校二年生の冬だ。


『――はは、馬鹿言え』


 祖父は寒空の下、庭の鯉に餌をやりながら、自嘲気味に言ったのだ。


『なにが任侠だ。いくら内輪でそんな胡麻擂りしたところで、そんなのァ世間さまに関係ねえやな』

『おじいちゃん……』

『俺がこんな稼業の所為で、ひとりっきりの孫にこんな思いをさせてる。……まさか十七歳の女の子が友達も出来ず、クリスマスにやることもなくて家でゲームとはなあ……』

『こ、これは楽しんでやってるんだもん!! いまはイベント期間だから、課金がちょっとしか出来ない学生にとっては頑張りどころなの!!』


 横画面にしたスマートフォンをぎゅっと握りつつ、心の中で考える。


(……本当は、クラスでいますごく流行ってるゲームだから、『遊んでいれば仲間に入れるかな』と思って始めたんだけどね……)


 だが、当然そんなことを言えはしない。


(仕方ない。極道の家の孫娘なんて、怖くて当然だもんね。私だって、なにが普通でそうじゃないか分からない環境で育ってるから、いまさら無理だ。……だけど、育ててくれたおじいちゃんやみんなには感謝してるし、心配させたくない)


 そんな風に思いながら、ゲーム画面を指先でタップした。


『フレンド』と書かれた画面には、ゲームの協力プレイで繋がった相手が登録される仕組みなのだが、求めている友達とは意味合いが違う。



(――来世で作ろう。友達)



 そんな風に、心に誓った。


(生まれ変わったら、平穏で普通の人生を過ごすんだ! 恋は出来なくてもいいから、今度こそ友達を作ろう……!! うん、決めた!)


 そこに、組員たちが声を掛けに来る。


『親父、お嬢! 夜のクリスマスパーティのための下準備が大分進みましたよ、料理もばっちり!』

『え。みんなが作ってくれたの!?』

『はい、朝から気合入れたッス! 若い衆がチキン料理をネットでレシピ調べてくれて。夕方まで寝かせる必要あるんすけど、お嬢の大好きな味付けに出来たと思うんで、楽しみにしてて下さい!』

『ありがとう、楽しみ! おじいちゃん、そろそろコタツでアイス食べよ? お庭にいるのも冷えて来たし……』

『ああ、そうだな』


 残りの餌を池に撒いた祖父が、縁側から上がるべくこちらに歩き始めた、そのときのことだ。


『……?』


 誰かが塀を乗り越えて、庭に飛び込むのを見た。


 組員たちの罵声が聞こえるが、その人物は立ち止まらない。懐に手を伸ばし、何かを取り出そうとした。


『――おじいちゃん!』


 祖父を庇うために、反射的に飛び出す。


『……っ!?』


 お腹にひどい痛みが走って、呼吸が出来なくなった。眩暈の中、それでもなんとか手を伸ばし、祖父が無事であることを確かめる。


『おい!! おい、しっかりしろ!!』

『……よかった……』


 安堵の息を吐いたのが、前世における最期の記憶だ。



『ううーん……』

『お嬢さま!?』


 その記憶を取り戻したフランチェスカは、救出されたあとに三日間寝込んだ。


 そして、前世の記憶を照合した末、いまの自分が置かれた状況を確信したのだ。


(……前世の私は死んじゃって、いまの私はフランチェスカ。……おうちの家名はカルヴィーノ家……ひとり娘の誘拐未遂が、日常茶飯事の物騒な家)


 寝台の中、高熱に魘されながら、その事実をなぞっていく。


 これはどう考えても、死ぬ直前までやっていた乙女向けソーシャルゲームの、その世界のお話だ。


(私……。ゲームの中の、裏社会の巨大ファミリーに生まれ付いたヒロインに、転生しちゃったんだ……!)



 境遇が前世と変わらない。

 それを認識した瞬間、再び意識が遠のいて、フランチェスカはしばらく目を覚まさなかった。




***






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― 新着の感想 ―
これは前世の爺ちゃん、とんでもない報復をしたんでしょうなぁ…
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