196 心から愛おしい君への(第3部・完)
そこまで言い掛けて見上げた末に、フランチェスカは言葉を失った。
「……レオナルド?」
こちらを見下ろしたレオナルドの微笑みが、とてもさびしいものに見えたからだ。
「どうしたんだ? フランチェスカ」
「……レオナルド、こそ……」
フランチェスカはここ数日、レオナルドの振る舞いに違和感を覚えていた。
「やっぱり最近、なんだか変だよ。はっきりとは言えないけれど、レオナルドの何かが前と違う」
「……そうだろうな」
「もしかして、何か悩んでる? 怖いものが、あったりする……!?」
公園での出来事があり、それからレオナルドに介抱してもらった一昨日の出来事を思い出す。
あのときだけでなく、レオナルドが子供の姿になった翌日から、何か底知れない考えを抱いているように見えるのだ。
「私に出来ることがあるなら、なんだってするよ。私じゃあ力になれないかもしれないけど、それでも……!」
「――君はいつも、俺なんかのことを心配してくれるんだな」
「……?」
親友なのだから、心配に決まっている。
けれどもそれを口にしようとして、何も言えなかった。
「……っ!」
フランチェスカと繋いでいた手を、レオナルドがゆっくりと解いたからだ。
美しい形をした大きな手が、フランチェスカの頬をそうっとやさしく包む。
まるで美術品を愛でるかのようだ。けれどもその恭しい触れ方には、物悲しさが宿っているように感じられた。
「……君の大切な『友情』を、壊したくないと思っていた」
頬に触れた手が温かい。
それなのに、花形のランプの光が映り込んだレオナルドの瞳は、どこか寂しそうに揺れている。
「俺が君にあげられる、唯一のものだから」
「――――?」
その微笑みは、何かを諦めているようにも見えた。
「……また、居なくなっちゃおうとしているの?」
彼の手に、フランチェスカ自身の手を重ねて問う。
「一緒に居てって、約束したよ。レオナルド、私はずっとレオナルドと――」
「俺も君と一緒に居たい。これから先も、俺が死ぬまで、俺だけのもので居てほしい」
「……!」
これではまるで、愛の告白だ。
そんな風に感じた瞬間、フランチェスカはひとつの事実に気が付く。
(……違う)
これまでの自分の浅はかさを、ようやくはっきりと自覚した。
(まるで、じゃない。レオナルドは……)
「居なくならないよ、フランチェスカ。けれど、俺はもう君の友達として傍にいることを止める」
「っ、レオ――――……」
彼の名前を呼ぶことは、出来なかった。
「ごめんな。フランチェスカ」
「……!」
フランチェスカのくちびるが、レオナルドの口付けに塞がれたからだ。
「ん……っ!」
何が起きたのか信じられなくて、フランチェスカは息を呑む。
レオナルドからいつもの香水の香りがすることも、大きな手によって腰が引き寄せられていることも、すべてに現実感が無い。
フランチェスカが反射的に逃れようとすれば、頬に触れていた手におとがいを捕らえられた。
「……じっとして」
「や……っ」
身を強張らせてしまうものの、離して貰えない。
そうして強引に上を向かされ、またくちびるが塞がれる。それなのに、フランチェスカを翻弄するキスそのものは、とても甘くてやさしいのだ。
「んむ……っ」
レオナルドがやさしいキスをしながら、フランチェスカの輪郭をつうっと指でなぞる。
思わずびくりと肩が跳ねて、そのことがとても恥ずかしい。
「……君にキスをするたびに、俺で汚している気分になる」
「……っ!」
零された言葉は、自嘲めいた響きを帯びていた。
レオナルドに触れられたところが全部、熱くて溶けてしまいそうだ。思考までもがとろとろになって、全て奪われてしまいそうな中で、フランチェスカは必死に考える。
(……どうして……?)
いくら親しい親友とでも、こんなやり方での口付けなんて、するはずがない。
そう考えた瞬間に、レオナルドが先ほど告げたことの意味を理解した。
(……私たち、もう、友達じゃない)
それが失われてしまったものなのだと、はっきりと思い知らされる。
(……レオナルドは、私のことを……)
「――――……」
このキスは、それを告げるためのものなのだ。
「っ、は……」
重ねるだけの口付けが離れ、ようやく呼吸が出来るようになる。けれどせっかく解放されても、フランチェスカは言葉を発することが出来ない。
「……っ!」
間近で見上げたレオナルドが、何処か泣いているかのような表情で、それでも美しく微笑んでいたからだ。
(……もうすぐ死んでしまう恋人を、甘やかしているような、そんな顔……)
もう一度落とされたそのキスを、拒み切ることは出来なかった。
柔らかく触れたくちびるは、先ほどと違ってすぐに離れる。レオナルドは少し甘えた仕草で、フランチェスカを抱き締めた。
「愛おしいフランチェスカ。……俺の世界に残された、唯一のもの」
レオナルドはそれでいて、自分こそが世界で誰よりも、フランチェスカを傷付けているとでも言いたげに繰り返す。
「ごめん」
「……っ、レオナルド……」
「ごめんな。……ずっと、ずっと嘘をついていて」
そうしてフランチェスカの耳元に、甘くて低い声での懺悔が紡がれるのだ。
それが、友達に告げるための言葉ではないことを、痛いくらいに理解してしまう熱を帯びて。
「――俺は、君のことが好きだよ」
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第3部・完
→第4部へ続く
ここまでが書籍3巻に収録となります。
3巻には、第3部エピローグ中のとあるデートのお話を、すべてレオナルド視点にて書かせていただきました!