195 たったひとり
フランチェスカは嬉しくなって、ダヴィードに尋ねる。
『ねえダヴィード。私たちやっぱり、友達になれないかな?』
『は? 友達?』
『家を継がないって決めてる同士。もっとも私は表の世界で生きていきたいから、ダヴィードとは全然違う覚悟なんだけど』
数日前はあっさり断られてしまった提案だ。けれども色んなことを乗り越えた今ならば、ダヴィードも受け入れてくれるのではないだろうか。
(もしもダヴィードが頷いてくれたら、私にとってふたり目の友達に……!)
『……友達……』
けれどもダヴィードはその後で、思わぬ反応を返してくる。
『――絶対に、嫌なこった』
(があん……!)
あまりにもあっさりと断られて、フランチェスカに衝撃が走った。
『ぜ、ぜぜぜ、絶対に!?』
『だからそう言ってんだろ。聞こえなかったのかよ』
ダヴィードは膝の上に頬杖をつくと、小さな声でこう呟く。
『「友達」なんて御免に決まってる。……見込みがなくとも、金輪際、本心に嘘を付くのは止めるって決めたからな』
『……?』
そしてダヴィードは顔を上げて、ふっと表情を和らげたのだ。
『独り言だ。……こういうときは、黙って聞き流せ』
(ダヴィードが、笑ってる……)
それを見て、心の底からほっとした。
ダヴィードはこれから様々な責任を問われる中で、苦しい思いもするのだろう。クレスターニが再びダヴィードに接触して来ないとも言い切れない。
(だけど、きっと大丈夫な気がする。今度はもう、ソフィアさんもダヴィードも、本当の気持ちを隠し込んだりしないはずだから)
それからもフランチェスカは、レオナルドが診療所に迎えに来てくれるまで、ダヴィードと他愛のない話をしていたのだった。
***
「ソフィアはずっと予感していたらしい。――君が、何かを変えてくれるんじゃないかって」
「私が?」
レオナルドとふたり、後夜祭に賑わう夜の街を散歩しながら、フランチェスカは瞬きをした。
「夏休みに、ラニエーリの管轄する森での一件があっただろう?」
ホットチョコレートで温まった体も、冬を前にした夜風に冷えてきた頃合いだ。
そんな中、レオナルドはずっとフランチェスカの隣を歩きながら、手を繋いでくれている。
お互いに手袋の片方を外し、そちらの手をお互いに繋いで、レオナルドの持つランプを灯りに歩いた。
「あのときからずっと、君の存在がダヴィードにも良い影響を与えてくれるんじゃないかと考えていたそうだ。夏休み明けに君に話し掛けてみるようにって、ダヴィードをけしかけたりもしたそうだぞ」
「えええ?」
姉弟でそんなやりとりがあったことなど、まったく想像もしていなかったことだ。
「私もダヴィードを避けてたけど、ダヴィードだって私に近付いて来なかったけどなあ…………もしかして、レオナルド!?」
「はは! 確かに『フランチェスカに近付くな』と脅迫済みだが。ダヴィードは俺の警告なんか知ったことではなく、あいつ自身の主義によって一匹狼を貫いていたはずだぞ?」
「それはそれ、これはこれだよ!」
こうなるとロンバルディ家のエリゼオにも、同様の行動が取られていると見て間違いないだろう。
しかし、そのお陰でフランチェスカがエリゼオに接触せず済んでいる可能性もあるので、『物騒なことをしたら駄目だよ』とも窘められない。
「まったくもう……だけど、ソフィアさんも不思議だよね。私が何かを変えるだなんて、一体どうしてそんな考えになったんだろう?」
「……それについては、俺にも理解できる」
レオナルドは柔らかな笑みを浮かべ、フランチェスカにこう告げた。
「君は温かくて、眩しい光だ。後ろ暗いことがある人間も、真っ暗な場所に生きている人間も、どうしても君に惹かれてしまうんだよ」
「……レオナルド」
レオナルドはいつもそうやって、フランチェスカのことを『光』だと呼ぶ。照れ臭さを誤魔化しがてら、フランチェスカは俯いた。
「……なんか、名前を呼ばれているみたい」
「ん?」
「あ! そうだ、聞いてレオナルド。実はダヴィードと友達になりたくて、昨日それをお願いしてみたの」
隣を歩くレオナルドが、ひとつ瞬きをする。
「……そうか」
「だけど、断られちゃった」
そんな話をしながら一緒に歩くうちに、どうやら人通りの少ない場所に入ったらしい。レオナルドが手にしている花の形をしたランプが、薄暗い足元を照らしてくれる。
「やっぱり私の友達は、世界でたったひとり」
その光を心強く思いながら、フランチェスカは微笑んだ。
「――レオナルド、だけだね」
「…………」
フランチェスカが寒くないようにと繋いでくれた手は、指同士がやさしく絡まったままだ。これが『親友』の温かさなのだと思うと、確かに他には掛け替えのないもののように思える。
「だからっていう訳じゃないけれど……レオナルドとこうして、親友になれてよかった」
「……フランチェスカ」
「この先に誰とも友達になれなくても良いかもしれないくらい、そのことが嬉しいの。だから、ずっと一緒に――――……」




