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194 本物の覚悟

***




 魔灯夜祭の翌日は、後夜祭となる宴が開かれる。


 死者たちがあるべきところへ還った街で、これから訪れる冬を人として過ごせるように祈るため、歌い踊る夜だ。


 前日までの仮装から一転して、この日は他所行きの正装をする。今日から十一月ということもあり、フランチェスカは晩秋の装いではなく、初冬のドレスに身を包んでいた。


「レオナルド! ほらこれ、すっごく美味しいよ!」


 ミルク入りのホットチョコレートを差し出せば、レオナルドは微笑んでそれを受け取る。


「本当だ。ちょうど良い甘さだな」

「ね! 体もぽかぽかあったまる」


 そんな風に話しながらも、そっと辺りを見回した。


「それにしても……」


 煉瓦造りの大通りでは、人々が思い思いに後夜祭を楽しんでいる。

 屋台で買い物をする人々や、手を繋いであちこちに灯った灯りを眺める恋人たち、お菓子を買ってもらってはしゃぎ回る子供の姿もあった。


「昨日の大騒ぎが嘘みたい。ここまで完璧に隠し切れるなんて、思わなかったな」


 洗脳されたダヴィードのスキルによる騒動は、ルカと五大ファミリー当主の手によって処理されている。


『手の込んだ仮装の集団が現れたことによる集団恐慌』という誤魔化しなど、通用するのかと不安に感じていた。

 しかし、異形に変えられて目覚めた張本人たちが、『恐ろしい化け物を見て気を失ってしまった』と話しているのだ。


「異形化していなかったのは、心が純粋な子供たちだけとはいえ……」

「自分にそんな事態が降りかかるなんて、誰も想像はしないからな。……まあ、少々細工に協力はさせてもらったが」

「や、やっぱり!」


 そのことは薄々予感していたので、フランチェスカは心から納得した。


「だけど、よかった。洗脳されていたダヴィードが、すっごく怒られることにはならなさそうで……」




***




『――自分の本音を曝け出せる人が、ダヴィードにとっての「強い人」だったんだね』

『…………』


 昨晩、カルロの処置を受けたダヴィードと、フランチェスカは少しだけ話すことが出来た。

 診断の結果、ダヴィードはクレスターニの洗脳下から完全に外れたと見なせるようだ。その代わり、クレスターニに関する記憶の大半が抜け落ちてもいるらしい。


 そんなダヴィードに向けて、フランチェスカはわざと明るく、なんでもないことのように話を続ける。


『ダヴィードにとっての弱者が、自分の本当を偽る小さな子供。だけど勇気を持ってすべてを告白出来る人は、そんな弱者の範疇から外れて元に戻れる――きっと、そういうことだったんじゃないかな』

『…………』


 診察用の寝台に腰を下ろしたダヴィードは、先ほどから何も言わない。


 フランチェスカがここに付き添っているのも、場違いだという自覚はあった。

 とはいえ、ソフィアはレオナルドや父たちと後処理に追われており、手が空いているのがフランチェスカしかいなかったのだ。


『ダヴィード。その、大丈夫?』


 フランチェスカがおずおずと尋ねたのは、先ほど聞いてしまった話が脳裏を過ぎったからだ。


(カルロさんが教えてくれた。小さな頃から洗脳状態にあったダヴィードは、それから解放された反動で、これから当分の間は離脱症状のようなものに苦しむかもしれないって……)


 幼い子供の頭の中に、クレスターニはずっと別人の意識として居座っていたのだ。それが及ぼす影響や後遺症のようなものは、フランチェスカに想像もつかなかった。


『……』


 ダヴィードはフランチェスカを一瞥すると、深く溜め息をつく。


『……お前、もう帰っていいぞ』

『そ、そういう訳にはいかないよ!』

『ああ? ……確かに、女ひとりで帰らせる時間じゃねえか。分かった、俺が送って――……』

『そうじゃなくて!』


 フランチェスカはダヴィードの前に立ち、その顔を真っ向から覗き込む。


『ダヴィードのことを、ひとりにさせられる訳がないでしょう?』

『…………っ』


 ダヴィードはどうしてか、僅かに怯むような様子を見せた。


『あれ? どうしたの?』

『……姉貴がお前に、余計なことを言ったんだってな。その……俺と結婚だとか、どうとか』

『あはは! あれかあ、びっくりしたよー』


 ソフィアはあのとき、フランチェスカがダヴィードを疑っていることを見抜いていた。その矛先を逸らす方法として、あんな大胆な提案をしたのだろう。


『ソフィアさんも、どんな手段を使ってでもダヴィードを守りたかったんだね。……ダヴィードと、おんなじだ』


 するとダヴィードは、膝の上に置いた両手の指を組みながら呟いた。


『姉貴には、俺以上に守るべきものがある』

『……ダヴィード』


 ダヴィードの言わんとしていることはよく分かる。当主とは、本来ならばそういうものだ。


『――だからこそ』


 目を閉じたダヴィードは、静かな声でこう紡いだ。


『俺は当主の補佐として、今度こそ真っ向から生きていくだけだ。自分のやってきたことの罪を、償いながら』

『……!』


 その言葉は何処か清々しく、真っ直ぐだった。


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