193 国王の切り札
【第3部エピローグ】
「――ですから。さっきから言ってんでしょ?」
カルヴィーノ家の構成員であるグラツィアーノは、放課後に呼び出された部屋で、いたって白々しい返事をしていた。
「うちのフランチェスカお嬢さまは体調を崩し、昨日からずっと寝込んでいますって。俺は泣く泣くお嬢さまを置いて、出席日数のために登校中ですが」
「……ふうん。なるほどね?」
グラツィアーノは学院において、『トロヴァート家』の従者だということになっている。
つまりはフランチェスカの偽名に準じており、五大ファミリーのカルヴィーノ家とは無関係だという顔をしながら、フランチェスカの望む平穏の手伝いをしているのだ。
「決して夜遊びをしたからだとか、素行不良によるものだとか、そういう理由での欠席じゃありません」
そんなことを答えながらも、内心では面倒だと舌打ちをする。
「第一それを疑うとしても、風紀委員のリカルド先輩の領分でしょ。こういうときは、あんたみたいな人が出る幕じゃないと思いますけど」
グラツィアーノはそう言いながら、眼前の席に座る青年を見下ろした。
「そうでしょ? ――生徒会長」
「……ふふ」
ここにいるロンバルディ家の次期当主は、最上級生である三年生を差し置いて、二年生でありながら学院の生徒代表になっている人物だ。
さらさらした紫色の髪を首筋まで伸ばし、横髪を耳に掛けたエリゼオ・ノルベルト・ロンバルディは、柔らかな笑みを浮かべて言った。
「そう警戒しないでいいよ、グラツィアーノくん。僕はただ、君の『お嬢さま』が危ないことに巻き込まれていないのか、心配なだけだから」
(んな腹黒そうな顔してて、どの口が……)
こちらに向けてくる橙色の瞳には、油断出来ない薄暗さが見え隠れしている。
「なにしろレオナルドくんとダヴィードくん、風紀委員長のリカルドくんまで学院を休んでいるだろう? 五大ファミリーの当主ならびに次期当主が欠席している中で、カルヴィーノのご令嬢まで休んでいるとあっては……」
「お嬢は家業に無関係です。生徒会長権限で知ってることを、脅迫みたいに口に出さないでもらえますか?」
「ふふ、ごめんね。そんなつもりはなかったのだけれど」
柔和な笑みを浮かべるエリゼオは、見るからに胡散臭い。グラツィアーノの嫌いなアルディーニとは、また質の違った疑わしさがあった。
「欠席してるのはそいつらだけじゃない。昨日の晩、ラニエーリ領に出入りしてたほとんどがそうでしょう」
「あまりにも精巧な『化け物』の仮装に驚いて、集団パニックが起きた。……国王陛下はあの出来事を、そういう風にお納めになるのだっけ?」
「…………」
昨晩起きた出来事について、グラツィアーノは一通りをフランチェスカから聞いていた。
どうやらラニエーリ家のダヴィードが使ったスキルによって、人々が『本性通りの異形に変えられる』という騒動が起きたらしい。
巻き込まれた人間の数があまりにも多く、事態の収束は難しいように思えた。
しかし、最後まで正気を保っていた目撃者が小さな子供しか居ないことを利用して、大胆な嘘をつくことにしたらしい。
「もちろん我がロンバルディ家は、国王陛下のご命令に従うよ。けれどもラニエーリ家の体たらくには、うちの祖父がとても怒っていてね」
「それで俺から探ろうとしたんでしょ? 見え見えですよ。俺だって最近は試験も真面目に受けてんのに、理不尽な呼び出しはやめてもらえますか」
この生徒会室における問答に、これ以上の意味は無いだろう。グラツィアーノは見切りを付けて、さっさと退室することにする。
「生憎、俺は何も知りません。知っていても話すつもりはありません、それじゃ」
「――君のお嬢さま。フランチェスカちゃん、だっけ?」
扉に向かう足を止め、グラツィアーノはエリゼオを振り返った。
「君とあの子、どっちの口の方が軽いかな」
「言っておきますけど」
冗談めいた口調であろうとも、それを看過することは一切ない。
「お嬢に何かしでかしたら、この学院ごと滅ぶと思えよ」
「……ふふ」
楽しそうに微笑むエリゼオには、中性的で煌びやかな雰囲気のその奥に、やはり悪党特有の影が見えた。
(まったくどうしてうちのお嬢は、悪党ばっかり惹きつけるんだか……)
グラツィアーノは苛立ちを抱えながらも、今度こそ扉の方へと向かう。体調不良だと嘘をついて欠席しているフランチェスカは、昨晩の騒動から落ち着いて、ぐっすり眠れているだろうか。
「……カルヴィーノ家の愛娘。フランチェスカ」
微笑みを浮かべたままのエリゼオが、ひとりの生徒会室で呟いた声も、廊下に出てからは聞こえることもない。
「やっぱり彼女がおじいさまの言う、『国王陛下の切り札』なのかな……?」
***