192 世界だってきっと(第3部6章・完)
姉弟の邪魔をしないように、お互いに小さな声で話す。
フランチェスカを抱き締めているレオナルドが、後ろに下がりながら話すのに合わせ、ふたりでそっと展示室から廊下に出た。
「俺のどれが君を怒らせてしまったのか、是非とも聞かせてくれないか?」
「怒っているほどじゃあないけれど。だってレオナルド、自分が子供の姿に変えられた時点で、ダヴィードのスキルによるものだって分かってたんでしょ?」
先ほどソフィアに聞いたところによると、輝石がすり替えられたあの夜に、ひとりの招待客が森で発見されていたそうだ。
その人物はきっと、フランチェスカたちが目撃し、森の中で追い掛けた相手なのだろう。
ソフィアがその事実を隠匿したのは、その招待客が恐らくはダヴィードのスキルによって、異形に変えられたひとりだったからだ。
「確かにあのとき、ダヴィードが近くに居た。それでも洗脳されていたダヴィードは、自分にだってレオナルドを子供にした自覚がなかったんだよ?」
「あー……」
レオナルドは、謎々のヒントのように明かす。
「俺の姿が変わる度、服も一緒に生成されてただろ?」
「服……」
確かにそんな疑問はあった。数秒ほど首を傾げたフランチェスカの中で、いまのレオナルドの一言によって、点と点が繋がる。
「……レオナルドが着せられてた服の生地。表面に、七色の艶……!!」
大きな声を出すことだけは、なんとか堪えることが出来てよかった。
「ダヴィードが言ってた、隣国産の高級生地の見分け方だ!! スキルで生成されたものにそんな特徴を出せるのは、そのことを知っている人だけ……」
「スキルの生成要素は大抵、持ち主の知識や美意識に左右される。そんな細かいところに着眼しそうな奴が、偶然クレスターニの配下に存在するなんてことは無いだろうからな」
レオナルドはくすっと笑い、フランチェスカの瞳を覗き込むように身を寄せた。
「ダヴィードはあの直前、君に会ってあのドレスを見ている。同じ七色の艶を纏った、隣国製の生地によるものだ」
「……ダヴィードと同じポイントに気付く辺り、レオナルドも相当だと思うけど……!」
「はは!」
服まで作り出されていたことは、単純に不思議なだけの要素では無かったのだ。違和感があったはずなのに見過ごしたことを不本意に思っていると、レオナルドが囁く。
「……気付いていた癖に黙っていたこと、怒ってるか?」
レオナルドは少し甘えるような視線で、フランチェスカの目をじっと見詰めた。先ほど拗ねていると話したことが、その件だと思っているのだろう。
「私が拗ねてるのは、レオナルドがひとりで危ない目に遭おうとしたこと!」
「!」
それについてはきっちりと訂正をし、レオナルドの腕の中で彼を振り返った。
「私がいっぱい頼ってるんだから、レオナルドだって私を頼って。私が我が儘を言う分だけ、レオナルドも言ってくれないと駄目」
「フランチェスカ」
「だって私たち、対等な友達なんだから!」
何度もそう告げているつもりなのに、レオナルドはフランチェスカだけを守りたがる。その悪癖だけは本当に、困ったものだ。
「だけど、ありがとう。レオナルド」
「……どうして君が俺に、礼を言うんだ?」
「だって今回も、たくさん助けてくれたでしょう? お陰でダヴィードもソフィアさんも、街の人たちだって大きな怪我をせずに済んだ」
美術館の外は惨状だが、深刻に傷付いた人は居ないはずだ。
「全部、レオナルドが協力してくれたからだよ」
フランチェスカは冗談めかして、レオナルドににこっと笑い掛ける。
「レオナルドが一緒に居てくれるなら、世界の危機だって救えるかもね!」
「…………」
レオナルドが両腕に込めた力が、縋り付くように強くなった。
「……レオナルド?」
「なんでもないよ。フランチェスカ」
優しい声音で紡がれて、フランチェスカは首を傾げる。すると、レオナルドが囁くように尋ねてきた。
「明日、君に話したいことがある。……後夜祭の夜を、俺と過ごしてくれるか?」
(そういえば。レオナルドの秘密を、教えてくれるって……)
レオナルドは、そっとフランチェスカから身を離して微笑む。倒れていた人たちが意識を取り戻し、少しずつ目を覚まし始めていた。
「……まずは、後処理の時間だ。姉弟の感動の和解を邪魔するのは忍びないが、もう少しだけ働いて貰おうか」
「分かった、明日ゆっくり話そう? 私、パパたちを呼びに行ってくるね! ルカさまにも報告してもらわなきゃ、急がないと……!」
そうしてしばらくフランチェスカたちは、忙しく動き回ることになる。
死人がやってくるお祭り、魔灯夜祭の当夜の騒動は、もう少しだけ続きそうなのだった。
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第3部エピローグに続く