188 欲張り
内心を見事に覆い隠すレオナルドの、その笑顔を見上げているだけで、何も言えなくなってしまいそうだった。
一方で俯いたダヴィードが、静かに声を絞り出す。
「……分かるだのなんだのとほざくなら、これ以上俺の邪魔をすんな」
レオナルドはそれに対し、嘲笑を返した。氷の壁がみしみしと軋み、向こう側で何かが蠢いている。
(異形化した人たちが王都に散らばらないための封鎖が、そろそろ終わった頃のはず)
フランチェスカはさり気なく、レオナルドに握られていた手を離す。
「輝石は恐らくクレスターニの手中にある。もう取り戻せない、二度と」
(避難も終わった。ダヴィードの抱えていたものも聞き出せて、スキルの詳細も分かってる)
「ひしめき合ってる化け物どもだって、元に戻す方法すら無えんだよ……!!」
ダヴィードのその言葉について、フランチェスカは目を丸くする。
(公園で異形化した人たちが元に戻ったのは、ダヴィードの意思によるものじゃなかったの……!?)
だとしたら、あの地震のあとに人々が元に戻っていたのは、一体なんだったのだろうか。
(ダヴィードは、異形化した人をある程度操れているように見えるのに。ダヴィードの意思で元に戻すことは出来ないなら、クレスターニが関与していた……?)
「分かるか? 何もかも終わってやがるんだ。だったら俺が悪党として死に、被るべき責任を全て果たす」
氷の壁が壊れる寸前の音が、ますます大きくなってくる。
(公園で異形化した人たちを元に戻したのは、クレスターニの気まぐれだとしても。この状況でそれを当てには出来ない……!)
フランチェスカは視線を動かし、ここから見える美術館の建物を見据えた。
(レオナルドが探っていた、クレスターニの情報についての確認も終わった。だったらもう、次にやるべきことは分かってる……)
「退けよ、お前ら……!! もうすぐ化け物どもが押し寄せてくる。さっさと何処かに消えやがれ!!」
そう叫んだダヴィードの前で、レオナルドが笑った。
「諦めろ。ダヴィード」
氷が割れる音と共に、フランチェスカは迷わず動く。
「フランチェスカは、俺たちのような悪党を絶対に見捨てない」
「……っ!?」
異形たちが押し寄せた瞬間、痺れの取れた手でダヴィードの手首を掴み、目指す場所へと駆け出した。
「おい、離せ!!」
「離さない!! レオナルド、ごめんね、先に行ってる……!」
ダヴィードをぐいぐいと引いて走りながら、フランチェスカは振り返る。
異形たちの中央に取り残したレオナルドは、余裕のある笑みを浮かべて言った。
「行っておいで。フランチェスカ」
こちらに背を向けたレオナルドの両手が、雷光のような迸りを帯びた。
(私を守ってくれながらよりも、レオナルドひとりの方が戦いやすいはず。今はただ、あっちを目指して――……)
「離せって、言って……」
追ってきた異形たちが、ダヴィードを害そうと襲い掛かる。ダヴィードの意思はどうしても、自分自身を排除する方向へと動いているのだ。
けれども短い悲鳴が上がり、それらが地面に倒れ込む。レオナルドのスキルによって感電した異形の間を抜けて、目の前に立ちはだかったひとりに銃口を向けた。
(……っ)
引き金を引くと同時に、やはり強い反動が響く。ソフィアから受け取ったこの銃は、フランチェスカの手には余るのだった。
「……今更何処に、行くんだよ……」
フランチェスカに手を引かれて走りながら、ダヴィードが苦しげな声を絞り出す。
「頼むから、もう離せ。お前に関係ねえだろうが……!」
「あるよ。あるに決まってる!!」
「……っ!?」
迷わず断言したフランチェスカに、ダヴィードは顔を顰めた。
(私がシナリオを変えた。私とパパが仲良くなったことが、十九歳のソフィアさんの『家出』に繋がって……)
ソフィアが話してくれたのは、彼女たちの父が死んだ日のことだ。
(ふたりのお父さんは、私とパパが仲良く過ごしていることをソフィアさんに突き付けて、傷付けた。それがあった所為でダヴィードは、ソフィアさんのためにお父さんの後を追ったんだもの……)
だからこそダヴィードはクレスターニに会い、それがきっかけで、姉を守るためにダヴィード自身が洗脳される選択をした。
しかし恐らくその出来事については、ゲームで起きていないのだろう。
(ゲームの方の真相は、ソフィアさんが洗脳されていたルートだったんじゃないかな……。そっちの方が良かったなんて、勿論あるはずがない。だけど、ダヴィードの苦しみが生まれてしまったのは……)
ダヴィードの手首を掴む手に、少しだけ力がこもってしまう。
(私の、所為だ)
そんなことを考えながら、再び行く手を阻む異形を、ゴム弾の銃で狙撃した。
「っ、くそ……!!」
(私はパパに、笑って欲しかった。そうすれば、幸せになってもらえると思った。だけどその選択でソフィアさんを傷付けて、ダヴィードを……)
ほんの些細な選択が、関わる人の道筋を変えている。これも『主人公』の持つ因果なのだとしたら、その事実はあまりにも重苦しい。
(やっぱり私は、悪党だな)
目指す建物の扉が見えて、息を切らしながら一心に走る。
(幸せな方に変えたくても、悲劇を生んじゃうことがある。いまダヴィードにしようとしていることだって、いつか別の悲しいことを生んじゃうかもしれない。そのことをこうやって、知ったのに)
「離せ! もう二度と、取り返しがつかない。それなのに、なんでお前は……!」
もう一度銃の引き金を引き、こちらに倒れて来た異形から逃れる。ダヴィードの手を強引に引きながら、懸命に扉を目指した。
(――その危険が分かっていても、目の前にいる人たちと、みんなで幸せになりたい欲張りだ)
そんな傲慢を自覚しながら、美術館の扉を押し開く。
「ダヴィード、こっち!!」
「……っ!?」




