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187 記憶

 ダヴィードがそれを睨み付けるも、レオナルドに構う様子もない。


「おっと、その前に」


 レオナルドは軽い音を立てて着地すると、フランチェスカへと微笑み掛けた。


「この辺り一体の封鎖と、残った人間の避難。どちらも問題なさそうだ」

「本当!? よかった……」

「『純粋な心』を持った子供たち以外、殆どの人間が異形に変わっているから、避難させる対象が少なくて幸いだったな」


 もちろん氷の壁の外では今も、異形同士が争っている。

 創造主たるダヴィードの願いに反応して、ダヴィードを襲う者も居るが、ひとまず心配のひとつは解消した。


「レオナルド。ソフィアさんたちを手伝ってくれてありがとう」

「君の為ならなんでもするさ。……誰かさんが、姉のために選んだ手段のようにな」


 レオナルドが、フランチェスカの痺れた手をやさしく握る。その上で、ダヴィードのことを再び見遣った。


「ダヴィード。――お前、ソフィアが当主として認められないことに、心底納得がいってないんだろう?」

「…………っ」


 ダヴィードのその反応からは、レオナルドの想像が真実であることが伝わってくる。


「いずれ自分が当主になることが、お前には許せなかった。『女だから』と下に見られ、当主として相応しくないと称される姉貴が、正当に当主で居続けられる世界を望んだか?」

「……黙れよ」


 レオナルドはそんなダヴィードの言葉を無視し、平然とした顔でこう続けた。


「自分の身をクレスターニに差し出すと決めた最大の理由は、確かにソフィアを守るためなんだろうけどな。ただし、お前の場合はただ洗脳された被害者だという訳ではなく、自分の利益も得ようとした」

「……っ」


 姉のソフィアと同じ色の瞳で、ダヴィードがレオナルドを見据える。


「望むものがあり、それを叶えさせることを条件に、クレスターニと手を組んだんだ」

(……だからソフィアさんも、お父さんの時ほどは疑いきれなかったんだ。ダヴィードは洗脳から覚めているときも、洗脳時と矛盾がなくて整合性の取れる行動を、自分の意思で取り続けていた……)


 けれども一連の行動は、間違いなく大きな罪悪感を生み出すはずだ。

 事実、ダヴィードは追い詰められ、こうした強行的な手段を選ぶまでになっている。


「お前はクレスターニの力を利用して、ソフィアを当主にしようとしたんだろう?」

「……その口を、閉じろ」

「実のところ俺はずっと、この世界から消えたものについて考えていたんだ」

(この世界から、消えたもの?)


 フランチェスカはレオナルドを見上げ、首を傾げる。レオナルドはくすっと小さく笑い、フランチェスカに問い掛けた。


「フランチェスカ。子供の姿になった俺は、どんな名前を名乗っていた?」

「え……? それは、もちろん――……」


 つい昨日まで呼んでいた、小さなレオナルドの偽名を、フランチェスカは口にしようとする。


 けれどもそれは、叶わなかった。


「…………嘘」


 あんなに繰り返し呼んだ名前が、まったく思い出せないのだ。


「どうして? だって私、忘れるはずない……!」

「…………」


 混乱するフランチェスカを前に、レオナルドがやさしく微笑む。それを見てフランチェスカは、ここ数日の出来事を思い出した。


(小さくなったレオナルドの偽名を聞いて、パパは変な顔をしていた。リカルドもおかしかった。ルカさまは……)


 小さなレオナルドが名乗ったのを聞いて、国王ルカは言ったのだ。


『……ああそうだ、そうだったな、ようやくその名を思い出せたぞ』

(……あれは、レオナルドの嘘に話を合わせたふりをした訳じゃなくて。ルカさまの記憶から、消えていた名前だから……!)


 それこそが、レオナルドがずっと子供の姿のままで居た理由なのだ。


「クレスターニは、他人の記憶を消す力がある。それは恐ろしく広い範囲だ」

(レオナルドのあの偽名も、消されちゃったの? ただの偽名じゃない、クレスターニが消した名前……レオナルドは敢えて、そんな人の名前を名乗って回っていたんだ)


  恐らくは、クレスターニを揺さぶるためなのだろう。レオナルドは、自らが子供の姿に変えられた状況を利用して、そこまで策略を巡らせていた。


「ダヴィード、お前もクレスターニのスキルに気が付いてたよな? んー……たとえば。父親が死んだ場に立ち会ったお前が、クレスターニの顔を見たはずなのに思い出せなかったとか、そんなきっかけで……」

「…………っ」


 レオナルドの言葉に対し、ダヴィードからの反論は無い。


「お前はきっと、クレスターニに消させようとしたんだ。この国に根差す、『常識』という記憶を」

(ひょっとして、ダヴィードが消したかったのは……)


 挑発するような笑みを浮かべて、レオナルドが言った。


「女は跡を継げないという、そんな常識」


 フランチェスカが想像した通りのことが、レオナルドの声によって紡がれる。


「国中の人間からそんな記憶が消えれば、姉貴は正当な当主であり続けられるとでも考えたか?」

「……うるせえな……」

「だが、その約束は恐らく反故にされると結論付けた。本当はもっと早くから察していたが、自分の手を汚してまでクレスターニに従っていた所為で、認めることが出来なかったって所だろうな」

「黙れって言ってんだろ! 頭が痛ぇ、くそ……」

「だったら残る手段はひとつ。ミストレアルの輝石を奪われた不始末を、次期当主の命をもって償ったという構図を作り、せめてもの罪滅ぼしをしようとした。現在はその真っ最中だ、正解だろ?」

「黙れ!! べらべらと知った風に喋りやがって、お前に一体俺の何が分か――」

「分かるさ」


 そのとき息を呑んだのは、ダヴィードだけではない。


「――なんてな」


 冗談めかして微笑んだレオナルドの隣で、フランチェスカも胸が締め付けられた。


(小さな頃のレオナルドだって、よく似た痛みを抱えてたんだ。大好きなお兄さんから当主の座を奪いたくなくて、それなのに……)


 レオナルドを庇うために、父と兄のふたりを死なせてしまったのである。

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