179 ゲームとの差異
「んん……だとしたら、一体どれが? どうして、どんな風に影響を……」
彼と繋いでいない方の手を、フランチェスカは自らのくちびるに添える。レオナルドはそれを見守るように微笑みながら、フランチェスカに更に尋ねた。
「君は今よりも前に、ソフィアやダヴィードとは接触していないか?」
「関わることは避け続けてきて、それには成功してるはずだよ。私が直接関わったんじゃなくて、もっと間接的に影響してるはず――――あ」
不意に、ひとつの言葉へと思い当たる。
『あのとき軟禁状態だった私を助けてくれたのは、エヴァルトなんだよ』
口紅を塗った美しいくちびるで、ソフィアがそんな風に話したのだ。
「家出した後のソフィアさんを、うちのパパが助けたって」
「……使用人が解雇されたのは、十年前だとダヴィードが言ったんだろう? そうであれば、ソフィアの家出騒動も同じだな。君や俺はそのとき七歳で、君は『前世』の記憶を取り戻している」
「ちょうど、グラツィアーノがうちの子になった頃だ……そのときにはもう、パパとも仲良くなってる。だったら」
「君の行動が、お父君も変えた後のことだ」
十年前のことを詳細に思い出そうとしても、さすがに細部までは難しいところも多い。
だが、当時の出来事を強く覚えている人が語ることを辿れば、もっと様々なことが見えそうな気がした。
「フランチェスカが父君を変えた。それが間接的に作用して、お父君がソフィアを軟禁状態から救うという行動を取ったのかもしれない」
「……ううん、レオナルド。もしかしたら……」
ゲームでは、ソフィアの家出について語られていなかった。
入手できるキャラクターが男性ばかりのゲームにおいて、入手不能キャラクターであるソフィアの過去が、詳細に出ていないだけかもしれない。
だが、『フランチェスカの行動がゲームとの差異を生み出している』という前提を置いた場合、こんなことも言えるのではないだろうか。
「そもそもソフィアさんの家出にだって、私の行動が影響しているのかも……」
「…………」
正しくは、フランチェスカを通して変化した、父エヴァルトの影響があるように思える。
「私が転生者だから、パパとの関係性が変わった」
父の振る舞いに怯える幼子ではなく、ゲームを通して痛みや孤独を知っているからこそ、その悲しみに飛び込むことが出来たのだ。
「パパが変わったから、パパとソフィアさんの間に起きたことも変化した。……その所為で家出騒動が起きて、ラニエーリ家の使用人が解雇されて、輝石事件の犯人役として洗脳される人も変わって……」
「ソフィアは君に、家出の原因は『失恋』だと話している」
左胸がずきりと痛くなって、フランチェスカは眉根を寄せた。
「十九歳で失恋したソフィアさんが、恋をしていたのは――――……」
「フランチェスカ」
立ち止まったレオナルドが見据えた先には、とある一族の屋敷が建っている。
「馬車の中で話した通り。俺はダヴィードに、『話し合い』の時間を要請している」
「……私を連れてきてくれてありがとう、レオナルド。もうすぐ約束の時間なのは分かってる、だけど……」
フランチェスカは、レオナルドの手をぎゅっと握り返した。
「第一章と二章の事件は、クレスターニに洗脳された人が『犯人』だった。その人たちには、共通点があって」
「ふたりとも、『ゲーム』で君が共に行動する人物の、父親という点か?」
「……レオナルド。ふたりでダヴィードに会う前に、もう少しだけ」
俯いて、イチョウの葉に埋め尽くされた街路を見下ろす。
「私とレオナルドの考えを、整理させて欲しい」
「もちろんだ。俺の可愛い、フランチェスカ」
晩秋の王都には、金色の眩い夕陽が差し始めている。
今夜は魔灯夜祭の当日だ。
生者を道連れにするため、死者がやってくる祭りの夜が、もうすぐ訪れようとしていた。
***
「くそ……」
薄暗いその部屋の中で、ダヴィードは小さく息を吐き出した。
ダヴィードの脳裏に過ぎるのは、構成員に告げられた言葉だ。
『ダヴィードさま。……実は昨晩、ラニエーリ家の管轄する公園で、厄介な騒ぎが……』
『なに……?』
構成員の話した騒動について、ダヴィードは知らない。
『魔灯夜祭のために使っていた公園内で、大勢の人間が混乱状態に陥ったと。何らかのスキルで構成員たちが中に入ることが叶わず、詳細な状況が不明なのですが、怪物のような仮装をした大勢が暴れ回ったようで』
どうしても浮かんでしまうのは、公園にアルディーニと出向く予定だと話していた、あの少女のことだった。
赤い髪を持つ彼女が、ダヴィードに向かって微笑んだ表情を思い出す。
それを思うだけで、居ても立っても居られないような焦燥が生まれた。
(すぐに、あいつの所に行かねえと。無事だったのか確かめて、それで……)
だが、ダヴィードは動くことが出来なかった。
(……その騒ぎ。報告が事実だとしたら、犯人は間違いなく……)
ダヴィードは、屋敷の二階から門を見下ろす。
するとちょうど帰宅したらしき姉が、何かを決意したかのような面持ちで、真っ直ぐに玄関へと歩いてくるのが見えたのだった。
この一件は本来ならば、次期当主であるダヴィードにも、情報共有があって然るべきことだろう。
だが、姉から積極的に知らせてくれる様子は無い。この構成員も、どうやら姉の目を盗み、密かに知らせに来たようだ。
そのことが何を意味するのか、ダヴィードは薄々勘付き始めていた。
(……さすがは、『本物』さまだ)
ダヴィードは、ゆっくりと目を閉じる。
「だったら、俺は――……」
***