176 友達
「……私の秘密も大事な記憶も、全部レオナルドにあげる」
そう告げて、レオナルドの手をぎゅうっと握る。
「だから、何処にも行かないで。私の親友を、取ったら嫌だよ」
「……フランチェスカ」
いつかのレオナルドとよく似た言葉を、祈るような気持ちで口にした。
「……私の傍から居なくなる気なら、せめて、私を嫌いになってからにして……」
「…………っ」
声音が泣きそうに揺れてしまったことは、きっと気付かれてしまったはずだ。
目を伏せて、やさしいまなざしをフランチェスカに注いだレオナルドが、微かな苦笑を交えて言った。
「……それなら俺はもう二度と、永遠に君から離れられない」
「っ、それで、いいもん……」
フランチェスカが涙声でそう答えると、レオナルドが緩やかな瞬きをひとつ刻んだ。
その指が、雫を纏ったフランチェスカの睫毛へと触れる。低くて甘く掠れた声は、恭しくこんな言葉を紡ぐのだ。
「――俺の世界で唯一の、暖かい光」
涙によって曖昧にぼやけていたものが晴れ、フランチェスカの視界が透き通る。
「俺の秘密も、君に渡すと誓おう」
そう言ったレオナルドの微笑みは、フランチェスカがこれまでに見た、どんな美術品よりも綺麗だった。
「……ここで本心を偽る言葉を紡げば、また子供の姿に戻されてしまいそうだな」
困ったように笑ったレオナルドを見て、フランチェスカはおおよそを察する。
レオナルドが元に戻る条件は、やはり『本心を曝け出す』ことなのだ。大人になった後も、そして彼が再びそれを隠したときに、幼子の姿に戻ったのだろう。
恐らくレオナルドには思惑があり、敢えて子供の姿を保っていた。そして今はその目的が果たされ、元に戻ることを選択したのだろう。
(子供の姿のままでいたのは、きっと何かから私を守るためだ。そのためにレオナルドは、スキルを使うのに制限がある体で、危険を冒してまで……)
フランチェスカがそれを察したと、レオナルドは気が付いたに違いない。それなのに甘やかすように微笑んで、彼は言った。
「耳を塞いでいてくれ。フランチェスカ」
「ひゃ……っ?」
フランチェスカの両耳が、レオナルドの手によって押さえられる。
触れられたことがくすぐったくて、少しだけびくりと身を竦めた。寝台に身を乗り出したレオナルドの体が、フランチェスカの上に覆い被さる。
「れ、レオナルド……んんっ」
フランチェスカの耳元に、レオナルドのくちびるが寄せられた。
先ほどまで子供の姿だったから、いつもの香水の匂いがしない。そのことに妙に緊張して、思わず身を竦めてしまう。
レオナルドは、恐らくはとても小さな声で、大切なことを囁いたようだった。
「――――……」
「…………?」
けれども今のフランチェスカには、それを聞き取ることが出来ない。
レオナルドがゆっくりと身を離し、もう一度さびしそうに笑った。耳を塞いでいたその手が離れてゆくのを見つめながら、フランチェスカは尋ねる。
「レオナルド、いま、なんて言ったの……?」
「輝石を隠した人間が見付かったら、もう一度話そう」
本心を隠さず、それでいてフランチェスカにも伝えずに済む手段を取ったレオナルドが、フランチェスカの手を握った。
「あともう少しの間だけ、君の知らない秘密にさせてくれ」
「……?」
小さな子供のように願われては、ゆっくりでも頷くしかない。
「うん。……分かった」
「良い子だな」
レオナルドはそう笑ったあと、フランチェスカの頬に柔らかく触れた。
「君を家に送り届けるから、しばらく俺のスキルで眠ると良い。その方が、君が酔ったから休ませたという嘘にも説得力が出る」
(そういえば。私、どうして気を失っちゃったんだろう……?)
温かい光に触れて、フランチェスカは急激な眠気を感じる。瞼の重さに逆らわず、ゆっくりと目を閉じた。
(レオナルドに、『シルヴェリオ』についても聞かなくちゃ。だけど……)
***
すうすうと寝息を立て始めたフランチェスカを見下ろして、レオナルドはゆっくりと目を細めた。
(君は許してくれないんだな。――俺が君を守って死ぬことも、君から離れることも、決して)
だとすれば、この世界でたったひとつ大切なフランチェスカのために出来ることなど、レオナルドには限られている。
(君に願われたことであれば、叶えない訳にはいかなくなった)
レオナルドは寝台をぎしりと軋ませて、フランチェスカへと覆い被さる。素直な寝顔を眺めながら目を眇め、自嘲的な暗い笑みを浮かべた。
(……これが、俺が選ぶことの出来る最後の手段だ。愛しいフランチェスカ)
そうしてレオナルドのくちびるが、フランチェスカの柔らかなくちびるへ、そうっとやさしく寄せられるのだった。
***