175 前世
きっと、妙なことを話していると思われるだろう。
そのはずなのに、レオナルドが真摯なまなざしを注いでくれるので、フランチェスカは安堵して言葉を続けた。
「ここじゃない別の世界、日本っていう島国で、別の人間として生きてたの。そこでも裏社会の家に生まれて、おじいちゃんを庇って死んじゃった」
「……君は、どの世界に生まれても変わらないんだな」
軽口めいた言葉でも、レオナルドは眉根を寄せている。彼がこんな風に表情に出すのは、とても珍しいことだ。
「もっと信じてもらえなさそうなことを言うね。……いま生きているこの世界は、前世で私が遊んだ『ゲーム』と同じなんだ」
「……ゲーム……」
とはいえ、ここがすべて物語の通りに動いている訳ではないことは、フランチェスカが誰よりも知っている。
そのことをレオナルドに誤解をされないよう、慎重に告げた。
「そのゲームは、春にレオナルドと出会った日から始まる物語。『フランチェスカ』がレオナルドと敵対しながら、王都を守るために奮闘するの」
「……」
するとレオナルドは懐かしそうに、ほんの少しだけ笑ってみせる。
「俺たちも、始まりはそうだった」
「……ふへ」
フランチェスカの話すことを信じてくれているのだと、はっきり告げられなくともよく分かった。
「レオナルドは敵として登場するのに、前世でもすごく人気でね? 駅の通路の一面に、レオナルドの姿が飾られてたんだ」
ゆっくりと目を閉じて、あの日のことを思い出した。
「それを見てレオナルドのことを、すごく綺麗だと思ったの」
「――――……」
駅通路の長大な壁面は、電子広告板になっていた。鮮やかな液晶のディスプレイになっていて、前世のフランチェスカはそこを歩いていたのだ。
すると重厚で美しい音楽が流れ始め、鮮やかな街の景色が映し出されて、黒い薔薇の花びらが舞い上がった。
『わあ……』
花の中から現れた人物こそが、『宿敵』という文字と共に描き出されたゲームの悪役、レオナルド・ヴァレンティーノ・アルディーニだったのだ。
あのときフランチェスカが目にした光景を、レオナルドは想像できないかもしれない。
フランチェスカだって、高校の制服姿で見上げたあの景色を、上手に説明出来る気はしなかった。
「レオナルド。嫌な気持ちに、なってない?」
「なっていないよ。何故?」
「だって。……この世界を物語だなんて言ったり、意思を持って生きてるみんなを『登場人物』みたいに話したり……」
レオナルドはくすっと笑い、フランチェスカに囁いた。
「そんなことよりも、君の話が聞きたい」
「……ありがとう。レオナルド」
微笑みを返して頷き、前世の話を続ける。
「前世の私も友達が出来なくて、お喋りの輪に入れる手段を探してた。だからこれがクラスのみんなが話していた『ゲーム』のことだって、すぐに分かったの。これを遊べば、友達ができるかもしれないって思った」
「……俺たちが出てくる物語なら、裏社会を舞台にしているんだろう? そんな題材のものを選ばなくとも、友達作りのきっかけになりそうなものは他にあっただろうに」
「さすが、レオナルド鋭い……。もちろん他にもたくさんあったよ? だけど、私の生き方が特殊な所為なのか、他のはどれもよく分からなくて」
流行っていた漫画も映画も、ドラマだって前世には存在した。
けれど、フランチェスカが手を伸ばしたのは、このゲームが初めてだったのである。
「私が別世界に生まれ変わるなら、この世界なのは必然だったのかも」
「……フランチェスカ」
家に帰るまで待つことをせず、迎えに来てくれた車の中でアプリをインストールした。
どんなゲームで、『レオナルド』はどんな人なのだろうと想像しながらアプリを開始して、序盤で誘拐されるシナリオを目にしたのだ。
「何しろ、物語は私にとっての日常から始まるし」
「はは。俺と君の出会いから開始するなら、そうなるな」
「音楽も素敵で、景色も素敵。……私にとってこの世界は、とても綺麗なもので、だからあのとき選んだんだよ」
レオナルドにとって、汚く見えていたとしても。
フランチェスカは確かに前世で、この世界を描いた光景に目を奪われた。
「レオナルドが、居たから」
「……本当に?」
「ふふ。どうしてそんな風に、迷子になった小さい子みたいな顔をするの?」
手を伸ばし、レオナルドの頭を撫でる。
「本当だよ。これからレオナルドには全部、本当のことを話すから」
そう言って、心からレオナルドに微笑んだ。
「この世界で。……他の誰と友達になったって、レオナルドに持っている気持ちと同じにはならない」
少しの恥ずかしさにはにかみつつも、フランチェスカは真っ直ぐに告げる。
「私は前世からずっと、レオナルドに会いたかったんだ」
「――――……っ」
月の色をしたレオナルドの瞳が、湖面に映したかのように揺れた。