171 宴の会場
目を見開いたレオナルドが、とても柔らかな微笑みを浮かべた。
「……可愛い」
「本当?」
嬉しくなったフランチェスカに、レオナルドが手を差し出しながら告げる。
「とても可愛いよ。フランチェスカ」
「……へへ。ありがとう」
心からの賛辞だと感じられて、くすぐったい気持ちでその手を繋いだ。
御者には馬車の停留所で待ってもらいながら、大きな公園を会場とした賑わいの中に入ってゆく。
入り口のところで渡されたのは、花の形をしたランタンだ。淡い桜色を透かした灯りが、大勢の人々の手元で瞬いている。
「わあ……」
幻想的な光の中で、フランチェスカは頬を綻ばせた。
公園内はさまざまな仮装をした参加者たちが、笑顔で楽しみながら公園内を歩いている。
何処となく甘い香りが漂ってくるのは、あちこちに屋台が並んでいるからだ。
子供たちは目を輝かせて、果物をカラフルなキャンディーで固めたお菓子や、パステルカラーに色付いて星屑の砂糖菓子が乗った綿飴をねだっている。
しゅわしゅわした泡の立つ飲み物は、アルコールの含まれていないものも豊富に種類が用意されているようで、フランチェスカと同じ年頃の女の子たちがはしゃいでいた。
「『シルヴェリオくん』は何が食べたい?」
「そうだなあ。フランチェスカ、アイスクリームが好きだろう? 寒くなければそれを食べよう、ホットチョコレートもあるみたいだ」
「いいね! お腹いっぱいにならないように、半分こしよ」
公園の中央には楽団が招かれ、少しの不気味さと可笑しみのある、小気味良い音楽を奏でている。魔灯夜祭の飾り付けの下で踊る人も居るが、酔っている人は少ないようだ。
フランチェスカはレオナルドと、広大な公園を一通り回ってみることにした。
お菓子を食べ、温かいものを飲み、夕食になりそうなラザニアチーズの包み焼きなども頬張る。
公園内の飾り付けを見ながら、レオナルドと評論家ごっこをして遊んだり、美しい音楽に合わせて手拍子をした。素敵な仮装をした人に手を振ると、向こうもこちらの仮装姿を褒めてくれる。
「リカルドの言ってた通り、この雰囲気なら安心して楽しめるね。さすがラニエーリ領、綺麗なものを中心にした商いで、最近特に女性の人気を集めつつある区画だけあるなあ」
「ああ。当主がソフィアに変わってから、ラニエーリ領は安定どころか勢いを増しているほどだ」
「みんな笑ってて、楽しそう」
片手にランタンを、もう片方の手に蒸したポテトのバター乗せを持ったフランチェスカを見て、隣を歩くレオナルドが微笑む。
「フランチェスカは、魔灯夜祭が好きか?」
「うん!」
こんなに楽しい時間を過ごしていて、嫌いだと答える人が居るだろうか。
(ダヴィードは魔灯夜祭のことを、偽物が集まるお祭りだって言って嫌そうにしてた。だけど……)
美しい光の揺れる公園内には、先ほどよりも人が増えてきたようだ。仮装姿の人々の中には、顔が分かりにくい姿の人も大勢いる。
「魔灯夜祭は、死者のお祭りでもあるでしょう? 死んだ人も生きている人も、みんなごちゃ混ぜになって楽しめる、素敵な出来事だと思うの」
「……そうだな。そういう考えもあるか」
花の形のランタンを上に掲げて、フランチェスカは目を細める。
「魔灯夜祭の当日、十月三十一日の本番は、死者が帰ってくるって言われてる。……もう会えないはずの大好きな人と、何処かですれ違って、知らないうちに笑い掛けてもらっているかも」
たとえば、フランチェスカの母セラフィーナも。
レオナルドの父や兄、グラツィアーノの母もそうだ。
「そう考えると。……凄く嬉しくて、泣きたくなる」
「――俺が死んだら」
微笑んだレオナルドのそんな言葉に、フランチェスカの心臓がどきりと跳ねる。
「そのときは、君に必ず会いに来ると誓おう」
「……レオナルド?」
真摯な響きを帯びた言葉に、フランチェスカはさびしくてたまらなくなった。
「そんなに悲しい例え話は、嫌」
胸の前でぎゅうっと手を握り、レオナルドに告げる。
「レオナルドが、ずっと傍に居てくれないと嫌だよ」
「……フランチェスカ」
その瞬間、強い風が吹き荒れた。
「!」
黄金に色付いたイチョウの葉が、吹雪のように舞い上がる。咄嗟に目を閉じたフランチェスカは、緩やかに片目を開けた。
(……居ない……?)
先ほどまでそこに居た男の子の姿が、忽然と消えている。
「……っ」
嫌な予感が湧き上がったのは、つい先ほど告げられた言葉の所為だ。フランチェスカは慌てて周囲を見回し、レオナルドの気配を探した。
けれどもその時、後ろから誰かに抱き寄せられる。
「――俺も」
「!」
耳元で聞こえたのは、レオナルドの声だ。
ここ数日で聴き慣れた、子供の声では無い。低い声音の中に甘さのある、色気を帯びた大人の声音だ。
「君の傍に居たいと、願ってしまう」
「……レオナルド」
十七歳の姿をしたレオナルドが、フランチェスカのことを抱き締めていた。
(大人の姿に、戻ってる……!)
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