170 天使と妖精
「シルヴェリオくん!」
てててっと走ってきたレオナルドを受け止める。
小さなレオナルドは、ただ歩くだけでとても愛らしく、女子たちがほとんど悲鳴のような歓声を上げていた。
「出歩くと危ないよ……! 『シルヴェリオくん』はただでさえ可愛いんだから、攫われちゃう」
もちろん、可愛いからというだけが理由ではない。
このいたいけな少年がレオナルドであることが気付かれれば、日頃レオナルドを脅威に感じている存在が殺し屋を雇うかもしれないのだ。
他にも身代金目的で誘拐されるなど、フランチェスカ自身が幼い頃に巻き込まれてきた騒動を思い出す。
けれどもレオナルドは、大人の姿をしているときよりも一層大きく感じさせる双眸で、健気にじっとフランチェスカを見上げた。
「だって、フランチェスカちゃんに早く会いたかったから……」
「う……っ! 瞳をうるうるさせたお顔の、天使のような破壊力がすごい……!」
レオナルドは甘えるようににこっと微笑むと、小さな手でフランチェスカの手を取る。
「フランチェスカちゃんの仮装は、馬車の中に置いてあるよ。早くお祭り行って、フランチェスカちゃんも着替えよ?」
そう言ってフランチェスカをエスコートしてくれる様子は、幼い子供の姿であっても紳士的だ。
レオナルドの周りに集まっていた女子たちは、それを見て残念そうに肩を落とした。
「まあ。シルヴェリオくん、もう行ってしまいますの?」
「うん!」
彼女たちに対しても、レオナルドは完璧な天使の笑顔を向ける。
「だって今日は、フランチェスカちゃんとデートだから!」
レオナルドの言葉に、悲鳴のような声が上がった。
「小さくても、大人の姿と変わらない目立ちっぷり……」
「行こ。フランチェスカちゃん」
「う、うん。皆さん、さよなら!」
フランチェスカのことを、学院の生徒たちは少し遠巻きに見ている。
フランチェスカは心から仲良くしたいのだが、みんな常に遠慮がちな距離を取っていて、ぎこちない笑みを向けてくるばかりだ。
「レオナルド以外の友達、やっぱり出来ないのはなんでだろう……」
「だって、君はそんなもの作らなくて良いからな」
「? いま、何か言った?」
「『馬車に乗るときは、足元に気を付けて』」
どうやら、フランチェスカに聞こえなかった言葉を補足してくれたらしい。お礼を言いつつも、お抱えの御者に行き先を告げてから馬車に乗った。
「それにしても、レオナルドったら。一度家まで衣装を取りに戻るつもりだったから、迎えに来なくても大丈夫だったのに」
「俺も少し、カルロの所に出掛けたい用事があったんだ。君の家が近くまで馬車を出してくれたから、そのついでに」
「カルロさんの所……ひょっとして、『強制覚醒』させたスキルのこと?」
フランチェスカが尋ねると、レオナルドは言葉で答えずに笑った。
(先週の金曜日、カルロさんのスキルを使って、レオナルドのスキルがひとつだけ使えるようになった。だけど、こんな風に言い聞かされたっけ)
カルロは冷めた表情で、それでも真摯に説明してくれたのだ。
『強制覚醒によって掛かる負担は絶大。本来であれば、極力使用しないことが望ましい』
『分かっているさ。だから念の為、強制覚醒させるスキルは一種類にしておいただろ?』
(そういえば。レオナルド本人のスキルがどんなものなのかは、『他人から奪う』スキルのことしか聞いてない)
レオナルドが今回覚醒させたスキルは、そのスキルだろうか。そんな想像は、カルロの説明を聞いて掻き消された。
『使用回数にも留意しろ。その体では、一度使うだけで失神してもおかしくない』
『そんなに……!?』
フランチェスカは顔を顰めるが、レオナルドとカルロは涼しい顔だ。
『こんな面倒な真似をせずとも。……元に戻る方法を模索した方が、効率的だと思うが?』
『ああ。そうだな』
平然とカルロの言葉を肯定して、レオナルドはフランチェスカを見上げた。
『帰ろうか。フランチェスカ』
(レオナルドはやっぱり、何か本心を隠している)
実の所そんな感覚は、レオナルドが子供の姿になって以降、ますます強くなってゆくのだった。
(さっきのリカルドの反応も気になるし、『シルヴェリオ』っていう名前について聞きたいけど……レオナルドはきっと、そのことについても意図的に隠してるんだよね?)
魔灯夜祭の会場に向かう途中の馬車で、隣に座ったレオナルドの横顔を見つめながら、フランチェスカは考える。
「レオナルド」
「ん?」
こうして目の当たりにするレオナルドも、何かを内側に秘めているように見えた。
フランチェスカは思い切って、真っ直ぐな問い掛けを彼に向ける。
「何か最近、悩みが増えた?」
「――――……」
レオナルドは僅かに驚いた表情のあと、すぐさまいつものように笑った。
「君は本当に、いつだって俺のことを心配してくれるんだな」
「当たり前だよ。だって……」
「俺が大事な友達だから?」
告げようとしていた言葉を紡がれて、目を丸くする。
「……大親友、だから」
「君が、俺にその言葉を向けてくれるだけで」
馬車がゆっくりと停車する。秋の陽は驚くほどに短くて、夕刻だというのに外は真っ暗だ。
「――俺の存在が君にとって、特別であると自覚する」
「……レオナルド……?」
それなのに、どうしてさびしそうに微笑むのだろう。
「公園の隣に設けられた、更衣室の前に停まったみたいだな。着替えておいで、フランチェスカ」
「……うん」
畳まれた衣装をレオナルドに渡されて、フランチェスカは頷く。先ほどの言葉について尋ねたかったものの、いまのレオナルドが答えてくれないのも分かっていた。
(……駄目だ、一度切り替えよう。そもそも『友達デート』に誘ったのは、こういう表情をするレオナルドに気分転換してもらいたかったからだし……!)
フランチェスカは急いで馬車を降りると、レオナルドに手を振った。
「すぐに準備してくるからね!」
「ああ。今夜はどんな個性的な仮装なのか、楽しみにしている」
そんな風に応援してもらったものの、その期待には答えられないかもしれない。
なにしろ今夜は、輝石のお披露目があった夜会のように味のある装いとは、まったく趣きが違っているのだ。
「……お待たせ! どうかな、この仮装!」
「…………」
フランチェスカが纏ったのは、童話に出てくる『妖精のお姫さま』をイメージしたものだった。
表面に淡い虹色の光沢がある布は、ダヴィードの言う通り隣国から来た生地だ。
それを使って仕立てられた軽やかなドレスは、フランチェスカが動く度にその裾がふわふわと揺れて、花びらを思わせる。
背中についた翅は透き通った布で作られ、背中から体のラインに添って、下向きに流れるものだ。頭には、布で作った偽物の薔薇をあしらった銀色のティアラをつけてみている。
「今日は少し、『デート』らしい仮装にしてみたんだ。レオナルドの期待してくれた個性的な方向じゃなくてごめん……! 友達同士でデートするのが夢だったから、つい、張り切っちゃって……」
「……フランチェスカ」