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168 容赦は無く


「……っ」


 フランチェスカは机の向こう側に回ると、リカルドの傍に跪く。


「リカルド、大丈夫? 具合が悪いのかな、お水いる……!?」

「だ……」


 はっ、と短く息を吐き、リカルドがフランチェスカの問い掛けに答える。


「大丈夫、だ」

「よかった……ねえ、さっきのってどういう意味? 死人が帰ってきた、って」

「それは、もちろん……」


 顔を上げたリカルドが、何かを言おうとする。

 彼の輪郭に汗が伝った。けれどもリカルドは渋面のまま、あっさりとこんなことを呟くのだ。


「…………忘れた」

「え!?」


 フランチェスカは目を丸くし、慌てて立ち上がりながらわあわあと告げる。


「さ……さすがに誤魔化されないよリカルド! いくらなんでもこのタイミングで、忘れたりしないよね!?」

「ち、違う、断じて誤魔化しではない! いや、それを疑われて然るべきだとは分かっているのだが!!」


 リカルドは反論した後に、自らの手のひらを見下ろして困惑を見せた。


「なんだ……? 俺はいま、どうして、『死人が帰ってきた』などと」

「……リカルド……?」


 その様子を目の当たりにしては、もはやリカルドが誤魔化しているなどとは思えない。


(リカルド自身も本当に、自分の発言が分からないんだ。一体なに? どういうこと?)

「……フラン、チェスカよ」


 頭を抱えたリカルドが、執務机に肘をつく。


「今から俺がする質問に、答えてくれないか。一切の躊躇などしなくていい、正直に」

「……?」

「お前から、客観的に見て――……」


 リカルドは言葉を選びながら、先ほどのように声を振り絞る。


「俺は、誰かに洗脳されていないか?」

「!」


 問い掛けに怯えが滲んでいる理由は、彼の父親が原因だろう。

 春先に起きた薬物事件で、リカルドの父はクレスターニに洗脳されていた。現在リカルドの父は、ルカの保護下で療養中だ。


 あの日からリカルドは当主代理として、張り詰めた日々を送っている。

 そうでなくとも、尊敬していた父が変わり果てたことに対し、自分もそうなるのではないかという恐怖心を抱くのは当然だ。


(……怖くなるに、決まってるよね)


 けれどもリカルドはこんなとき、寄り添っての慰めを受けることを恥じるだろう。

 だとすればフランチェスカに出来るのは、彼が自分で気を晴らす、そのきっかけを作り出して贈ることだ。


(よし……!)


 だから窓辺に駆け寄って、迷わずにその窓を開ける。


「――大丈夫だよ、リカルド!」

「!」


 外から吹き込んできた風が、真っ白なカーテンを翻した。


 透き通った秋の陽光が、午後の眩さをもって降り注ぐ。室内に吹き込んだ木枯らしは、背筋を凛と正すのにちょうどいい冷たさだ。


「リカルドは洗脳されてない。真っ直ぐで真面目で几帳面な、セラノーヴァ当主に相応しいままだから!」

「……フランチェスカ」


 明るい窓辺を背にして立ち、フランチェスカはにこっと笑う。


「それでも不安なときは、安心して! もしもリカルドが洗脳されたときは、氷水を頭からぶちまけたあとで、大きな声を出して正気に戻しちゃう!」

「こ、氷水?」

(前世でおじいちゃんが何かに迷ったとき、『精神統一』って言いながら庭でやってたんだよね。冬の朝に始めたときは、倒れちゃわないか冷や冷やしたけど……!)

「……ふ」


 本気で言ったつもりなのだが、リカルドには何かが愉快だったらしい。いつも仏頂面をしていることが多い彼には珍しく、肩を震わせ始める。


「っ、はは。そうか」

「わ。リカルドが笑った!」


 その安堵した表情からは、先ほどまでの渋面は消えていた。


「……そうしてくれ。容赦が無くて、有り難い」

「うん! 約束ね!」


 そんな風に頷きながらも、やはりどうしても気に掛かる。


(さっきのリカルドの言葉。確かめたいけど……)


 ようやく落ち着いた様子のリカルドを見て、その気持ちは諦めた。


(このことはもう、聞かずにおいてあげたい。忘れちゃったって言葉は本当みたいだし、リカルドに確認する必要は無いよね)


 だとすれば、レオナルドに直接聞くしかない。あるいは、『シルヴェリオ』の名前に反応していたように見えた父にも尋ねてみるべきだろうか。


 そのとき、昼休みの終了五分前を告げる鐘がなった。


「む、午後の授業が始まるな。俺はこの部屋を施錠する、お前は先に戻るといい」

「そう? じゃあ、お言葉に甘えて。地図を書いてくれてありがとう、リカルド!」


 次の時間は美術の授業だ。移動がある分を考慮して、フランチェスカは風紀委員室を後にするのだった。




***




 午後の二時間を使って行われた美術の授業を終え、帰り支度をしたフランチェスカは、独特の疲労感に耐えながら校舎を後にした。


(……まさか、『美術鑑賞の授業で見たものを絵に描く』っていう内容で、クラスのほとんどがミストレアルの輝石を描くなんて……)


 数日前、二年生全体で訪れた美術館には、たくさんの美術品が展示されていた。

 確かにミストレアルの輝石周辺は混雑していたが、みんながあの美術館で、輝石の嵌まった王冠をスケッチしていたとは思わなかったのだ。


(偽物だって知ってるから、複雑な気持ちになっちゃった……。そのことが明かされない限りは本物扱いだけど、輝石をすり替えた犯人は、みんなの授業も邪魔したことになる)


 その居心地の悪さが心労となり、この授業は妙にぐったりしてしまった。


(私がシュリカの宝玉を描いた絵を見て、美術の先生も意外がってたなあ。ゲームでは貴重な強化素材だし、これ目当てに何時間も周回する人だっているのに)


 そんなことを思いながら向かった先は、別の校舎にある音楽室だ。


(昼休み、風紀委員室から戻る途中で、明らかにサボろうとしてるダヴィードの後ろ姿が見えたんだよね。きっとここに……)


 そう思って当たりをつけた先に、金色の髪が見えて笑ってしまう。


「ダヴィード、やっぱりここにいたんだ!」

「げ。……なんでお前……」


 ダヴィードは、他に誰もいない音楽室の窓際で、そこに置かれた楽器を眺めていたようだった。 

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