17 ひみつの代償
(……覚悟はしてた、ことだけど……)
フランチェスカは観念し、息を吐き出す。
「……せいかい」
「驚いたな。そんなスキルを持つ人間が、この世界にいるのか」
レオナルドが離してくれたので、フランチェスカは一歩後ろに引いた。
彼はもはや、周囲にいる殺し屋に興味を向けていない。ただただフランチェスカを見つめ、興味深そうに眺めている。
「能力の強さは生まれ持ったもので、変えられない。……世界のそんな根本に、君は干渉できる」
「そこまで大袈裟なものじゃないよ……」
一応はそう言ってみたものの、フランチェスカにだって分かっている。
たとえば貴族の使える炎のスキルと、平民の使える炎のスキルとでは、その威力に大きな差があった。
けれどもフランチェスカのスキルがあれば、未強化である貴族のスキルよりも、最高値まで強化した平民のスキルの方が強くなる。
それは、『血が高貴であるほどに強い力を持っている』という、この世界の絶対的な価値観を揺るがすものだった。
一時的に強化するスキルではない。フランチェスカの育成スキルは、スキルを成長させるものだ。
よってその強化は、永久的に続く。
強化可能回数は九回で、すなわち生まれ持った状態のスキルをレベル1とするなら、レベル10まで上げることが出来た。
露見すれば、さまざまな人たちがフランチェスカのスキルを欲しがる。王族や貴族は自分の強化を求めるし、それは他国も同様だ。
ゲームにおけるフランチェスカも、自身のスキルを隠していた。けれどもそれが何処かから露見し、レオナルドに狙われる理由のひとつになるのだ。
(あああああ、ゲームの通りになっちゃった……。バレたのは『強化できる』スキル一個だけ。他のはまだ隠せてるとはいえ、これだけでも結構まずいよね……)
レオナルドは、頬についた返り血を手の甲で拭うと、フランチェスカを見下ろして尋ねてきた。
「どうして俺に、スキルを見せた?」
「え? どうしてって……」
至極当たり前のことを聞かれて、フランチェスカは首を捻る。
「三階から狙ってたでしょ? 殺し屋が。気配秘匿のスキルを使ってたから、さすがにレオ……間違えた、アルディーニさんでも気付けないと思って」
「そうじゃなくて」
「……えーっと……?」
十分な答えではなかったようなので、今度は反対側に首を捻って考えた。
「私に分かるアルディーニさんのスキルは、殺し屋たちを動けなくしてた、あのスキルだけだったからだよ」
「……」
「他にどんなスキルを使えるのか知らないから、あの殺し屋を止められるものか分からないでしょ? あなたを強化して、そのついでにスキル使用制限の時間をリセットすれば、もう一度同じのが使えるから」
「フランチェスカ」
レオナルドは、呆れたようにこちらを見下ろす。
「俺を助けようとしなければ、君はその秘密を守り通せた」
「……!」
その言葉に、フランチェスカは瞬きをした。
「俺が殺し屋に殺されようと、放っておけば良かっただろう? 君が危険を冒してまで、あそこで飛び出してくる必要もなかった。君は婚約からも解放されて、万事解決だ」
「……」
「それなのに、なぜ?」
レオナルドは、本当に分からないものを見るような目をしている。
だから、フランチェスカはびっくりしながら口を開くのだ。
「――人の命より守りたいものなんて、私にはないよ!」
「……!」
それが、どんな秘密であろうとも。
「そりゃあ私だってこのまま一生、パパ以外の誰にも言わないつもりだったけど……。でも、こうしなきゃアルディーニさんが危なかったかもしれないんだから、仕方ない。無事で良かった」
「……」
「それに、朝からあなたの様子が違った理由も分かったし。昨日久しぶりに登校したことで、生徒として潜り込んでた殺し屋たちが動き出したんだね? そいつらを一掃するために、今日も学院に登校したけど、誰も巻き込まないように遠ざけたんでしょ」
レオナルドが、早朝に来ていたのもきっとそのためだ。
朝早くから登校するなんて、キャラクターに似つかわしくないと思っていた。あれは、敢えてひとりで無防備に過ごすことで、殺し屋たちを誘き出そうとしていたのだろう。
「私にあんなことを言ったのも、私が危なくないように。……そうだよね?」
「……」
レオナルドはここでも笑みを消し、冷めた無表情でこちらを見ていた。
「想像力が豊かなんだな、君は」
「そう外れてない気がするけどなあ。……生まれた家が理由で、負わなきゃいけないものが、きっとたくさんあったよね」
フランチェスカにも、少しは分かる。
「あなたがアルディーニの当主だって隠してないのは、みんなを巻き込まないためでもあるのかな。怖がって、腫れ物扱いしてくれれば、こんなときに危ない目に遭わせずに済むもん」
「……」
「……アルディーニさんが、そう考えて行動していたのだとしたら……」
フランチェスカはレオナルドを見上げ、しみじみと彼を尊敬した。
「そういう風に振る舞えるのは、すごくやさしいね」
「……」
レオナルドが、こちらを見て僅かに目をみはった。
やがて物思わしげに俯いたあと、すぐに微笑んで口を開く。
「……君、よく今まで無事だったな」
「ど、どういう意味!?」
その言葉には、嘲笑のような響きが含まれていた。
「いくらなんでも甘すぎるだろう? 裏の社会に生きていて、これだけの感性を保てるのは賞賛に値する。カルヴィーノの当主が、何がなんでも守り抜いてきた結果なのか……」
父は確かにフランチェスカを溺愛している。だが、レオナルドは自論を考え直すように、ぽつりと呟いた。
「……いや」
そして、フランチェスカの頬に手を伸ばす。
「――君自身が、強いのか」
「へ……」
レオナルドの美しいかんばせには、いつも通りの底知れない笑みが浮かんでいる。
「フランチェスカ。……強くて美しい、俺の婚約者」
「――!?」
彼はフランチェスカを覗き込んだ。気に入りの玩具を眺めるような、そんなまなざしを注ぎながら。
「けれどもいかんせん迂闊すぎる。秘密を黙っている代わり、無防備な君へのお仕置きも込めて、ひとつだけ我が儘を聞いてもらおうかな」
「……はっ!?」
思いっ切り脅迫されている。それに気が付いて身構えると、レオナルドはぎゅうっとフランチェスカを抱き締めた。
そのあとに、甘ったるく掠れた声でこう紡ぐ。
「……学校でも、ちゃんと俺のこと名前で呼んで」
「…………」
こんなはずではなかった。
そんな言葉を噛み締めながら、フランチェスカは絶望に両手で顔を覆い、絞り出すように「レオナルド……」と紡いだのだった。
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3章に続く




