表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

166/309

164 美しい音




***




「フランチェスカおねえちゃん、これ教えてえ!」

「おねえちゃん、僕もー!」

「はいはーい! 順番に行くね、良い子で待ってて!」

「なんなんだよ、この状況は……」


 孤児院に隣接した教会の入り口、石の階段を椅子にした子供たちの間を、フランチェスカは忙しく動き回っていた。


「そうやって張り切ってみせたところで、バイト代なんか出ねーぞ」

「そんなことよりダヴィード、そっちの楽譜押さえててあげて! 風でめくれちゃう!」


 呆れ顔をしたダヴィードとは対照的に、子供たちは笑顔で慕ってくれる。

 ラニエーリ家が用意している楽器は、小型のバイオリンやハープといったものから、子供たちに扱いやすいベルなど様々だ。


 毎週教わっているだけはあり、扱い方が分からない子供はひとりも居ない。

 しかし、年齢がまちまちの子供たちから『教えて』とおねだりされるフランチェスカは、青空の下で寒さを感じる暇もなかった。


「おねえちゃん、見て! 私、タンバリン上手に叩けるよ!」

「わあ、本当だ! 聴いてるだけで楽しくなっちゃう、素敵!」

「僕、笛が上手に吹けない。ふーって音になっちゃうの」

「難しいよねえ。力いっぱい吹くんじゃなくて、優しくそうっと膨らませるみたいにやってみたらどうかな?」


 難しい楽器はフランチェスカにも扱えないため、主に小さな子供たちに教えて回る。階段のそれぞれの段に立った彼らは、満面の笑顔で楽器を楽しんでいた。


「ダヴィード、毎週ひとりでこれをやってるの? やり甲斐はあるけど大忙しだね!」

「別に。おいガキ共、そろそろ一旦座れ」

「わあ! お兄ちゃん、今日も弾いてくれるの!?」


 ダヴィードはそれには返事をせず、使い込まれたバイオリンを手にした。嬉しそうにはしゃぎ回る子供たちが、石の階段にお行儀よく座ってゆく。


「フランチェスカお姉ちゃん、ここ座って!」

「うん、ありがとう。もしかして、ダヴィードが演奏してくれるの?」

「そうだよ! いつも一回だけやってくれるの。すごく綺麗なんだ!」


 子供たちに急かされながら、フランチェスカは階段の上の方に腰を下ろした。演奏会にやってきたつもりでかしこまってみると、ダヴィードがふんと鼻を鳴らす。


(わ……)


 ダヴィードはバイオリンを顎と肩で挟んで構え、弓を当てた。その姿勢がとても美しく、芸術的な彫刻のようだ。


 そして響き始めた旋律は、強く情熱的な荒さを秘めながらも、何処となく切ないものだった。


 衣服の袖を織り込んだ腕は、表面に血管の筋が浮いている。ダヴィードはそんな腕で力強く弓を操るが、指の動きはとても繊細だ。


 無心に弾いているようでもあり、様々な思考を込められているようにも聞こえる、そんな表裏一体の演奏だった。目を伏せたダヴィードのまなざしは、ここでない遠い場所へと向けられている。


 その音色に、フランチェスカの心は強く揺さぶられた。


「……っ」


 短い演奏が終わったあと、フランチェスカは思わず立ち上がって拍手をする。


「すごいよダヴィード! とっても素敵な演奏だった、思わず泣きそうになっちゃったもの……!!」

「ダヴィードおにいちゃん、かっこいー!」

「うるせえ。だるい。もう終わりだ」


 子供たちが一斉に駆け寄って、ダヴィードやバイオリンを取り巻いた。ダヴィードは彼らにバイオリンを渡してやりながら、フランチェスカの立っている位置まで階段を登ってくる。


「本当に格好良かった! ダヴィードは、昔からバイオリンを弾いてるの?」

「そんなに昔からでも無えよ。あのバイオリンが使い込まれてるのも、死んだ親父が使ってたってだけだ」

「お父さんが……」

「親父が死ぬ前に姉貴に渡って、姉貴が当主になってから俺に回された。当主としての仕事が忙しくて、楽器なんだやってる暇がなくなったんだと」


 ダヴィードが渡したヴァイオリンを、子供たちは嬉しそうに観察している。

 フランチェスカは内心で冷や冷やしたものの、子供たちは楽器の扱いをしっかり心得ているようで、とても丁寧に触れていた。


 それを見ていたダヴィードが、フランチェスカの隣に腰を下ろして呟く。


「あのバイオリン。……まるで、当主の座みてーな遍歴をしてやがる」

「…………」


 ラニエーリ家の当主の座は、ふたりの父からソフィアに渡り、もうすぐダヴィードのものになるのだ。

 その横顔に言い知れない感情を見た気がして、思わずこんなことを告げていた。


「ダヴィードの悩み事は、私に本心を曝したら楽になるかな?」

「……ああ?」


 ゲームシナリオの通りにするならば、当主の座を継ぐことに自信がないダヴィードのことを、『フランチェスカ』が励ます必要があるのだ。

 けれど、この申し出は間違いだったとすぐに分かった。


「なんて。ごめんね、変なこと言って」


 いまのダヴィードが、そんな悩みを打ち明けるはずもないのだ。フランチェスカが謝罪すると、ダヴィードはこちらを注意深く見詰めてくる。


「私の『友達』も、きっと何かに悩んでるはずなんだ」

「……そうかよ」

「なんでも話してって言ってあげたい。でも、それを望む相手じゃないのも分かるから、無理に打ち明けさせたくないの」


 レオナルドのことを思い浮かべて、寂しい気持ちで微笑んだ。


「難しいね。友達って」

「……」


 ダヴィードに『悩みを曝け出して』と言っておきながら、これではフランチェスカの悩み相談になっている。

 そのことに気付いて、フランチェスカは苦笑した。


「ダヴィードが、子供たちに音楽を教える時間なのに。私の話を聞いてもらっちゃった」

「別に。そんなに大仰なものでもねーからな」


 くだらなさそうに吐き捨てたダヴィードが、小さな声で呟く。


「本気で楽器をやらせたいなら、週に一度じゃ意味もねえんだ。……こんなのは俺の、自己満足にしか……」

「そんなことないよ!」

「!」


 自嘲的な言葉に驚いて、フランチェスカはずいっと顔を近付けた。


「見て、あの子たちの表情!」

「……それが、なんだよ」

「嬉しくて楽しそうな顔してるでしょ? それが大事なんじゃないかな。ダヴィードは歯痒く感じるかもしれないけど、この時間が意味ないなんてこと、絶対に無い」


 フランチェスカが思い出すのは、ひとりぼっちで眠っていた頃のことだ。


 この世界で記憶を取り戻したばかりで、まだ父とも和解できず、グラツィアーノがやってくる前だった。

 中身は十七歳といえど、いきなり知らない世界に転生してしまった心細さに苛まれた夜も、前世で知っていた曲を口ずさんだのだ。


(そういえばあの曲って、ゲームのタイトル画面で流れるサウンドだったな。綺麗な音楽で、大好きだった)


 そんなことを思い出しながら、フランチェスカは微笑む。


「寂しいときも、音楽があればきっと怖くない。ダヴィードはこの子たちに、そんな楽しい思い出をあげてるんでしょ?」

「……それは」

「私も今日、ダヴィードに教わっちゃった」


 ダヴィードがどうして美しいものを愛するのか、少しだけ想像ができたような気がした。

 そのことが嬉しくて、彼に告げる。


「……綺麗なものが持つ力って、こんなにすごいんだね!」

「……っ」


 そのとき、ダヴィードが目を見開いた。

 そして彼の頬や耳が、火照ったように赤く染まるのだ。


挿絵(By みてみん)


あくまなコミック2巻、発売中です!

そして皆さまの応援のお陰で、あくまなドラマCD企画がスタートです!

詳細のお知らせは後日!


-------------------------------

コミックス2巻の続き回となるコミカライズが、シーモア様で先行配信中です!

https://www.cmoa.jp/title/256901/


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ