161 偽物のお祭り
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学院が休みとなる土曜日、小さなレオナルドには家で留守番をしてもらい、フランチェスカは外出していた。
「おうちに招待してくれてありがとう、ダヴィード! 今日は輝石探しのための情報共有、よろしくね!」
「…………」
今日のフランチェスカはリボンを結び、林檎の色をした秋のドレスを纏っている。
中々に可愛らしい格好が出来ていると思うのだが、合流したダヴィードは一瞬フランチェスカを見たきりで、あとは決して目を合わせようとしてくれなかった。
屋敷の前に馬車を停め、降り立ったフランチェスカを案内してくれるダヴィードは、玄関口に向かいながら言い捨てる。
「呼びたくて呼んだわけじゃねえ。学院は休み、美術館は隠し部屋の前すら大混雑、うるさくない場所が他に無かっただけだ」
「それでも嬉しい。友達の家に遊びに行く機会、あんまり無くて……あ、ダヴィードが私の友達になってくれた訳じゃないっていうのは分かってるから、安心して!」
「…………」
ダヴィードに気を遣わせないようにしつつ、それでも内心しょんぼりして笑う。ダヴィードは舌打ちをしながら、フランチェスカのために扉を開けてくれた。
するとそのとき、エントランスから続く吹き抜けの階段から、くすくすと妖艶な笑い声が聞こえてくる。
「あらダヴィちゃま、おかえんなさーい」
「ソフィア姉さんのお手伝いはしなくていいの? 叱られるわよ、ダヴィちゃま」
妖精のような仮装に身を包み、手すりに頬杖をついている女性たちは、ラニエーリ家が抱える高級娼婦たちだ。
優美を信条とするラニエーリ家では、稼業として美しいものを扱う。
その中には、深い教養と美貌を使って数々の権力者たちを虜にする娼婦たちの、娼館経営も含まれているのだった。
「うるせえ黙れ。見て分かんねーのか、客人だ」
「あらまあ。女の子!?」
「得体の知れない女どもが一斉に喋ってみろ、客を怯えさせるのは優美に反する。さっさと散って……」
「というかその子、フランチェスカちゃんじゃなーい!」
「ああ?」
顔を顰めたダヴィードの横で、フランチェスカはぱあっと目を輝かせた。
「お姉さんたち! お久しぶりです!」
「相変わらず可愛いわね。ダヴィちゃまと遊んでくれてるの?」
「嘘だろ。なんでちゃっかり知り合いなんだよ……」
ダヴィードがげんなりしているが、フランチェスカは夏にあった出来事の際、ラニエーリ家の娼婦たちと交流を持っているのである。
「皆さんの格好、妖精の仮装ですか? すごい、綺麗で色っぽくて素敵……!」
「そうよお、魔灯夜祭だもの。特別な衣装は殿方を誘い出す甘い蜜になるの、フランチェスカちゃんも覚えておいて?」
「可愛い仮装をして婚約者さんに見せてあげると、きっと喜ぶわよ」
「???」
そんな言葉に首を傾げていると、女性のひとりが微笑んで言った。
「イザベラがねえ。いつか許してもらえるのなら、『あなたにまた会いたい』って、お見舞いのときに」
「イザベラさんが……」
その名前を聞いて思い出すのは、黒幕クレスターニに洗脳された女性のことだ。
フランチェスカは嬉しく思い、心からの笑顔で返事をした。
「――はい! 私も絶対に、またお会いしたいです!」
「ふふ。伝えておくわね」
そう約束してくれた女性の表情は、なんだか安堵したものに見える。ダヴィードはそれを静観していたが、舌打ちをして歩き出した。
「おい、さっさと終わらせるぞ。俺はこの後に用事があるんだよ」
「あ、うん! お姉さんたち、また!」
「ばいばあい」
ひらひらと手を振ってくれる、そんな所作すらも美しい。フランチェスカはにこにこしながら、ダヴィードの後ろをついてゆく。
「お姉さんたち、すごく綺麗だったね」
「は? 何処が。普段着てるドレスの方がよっぽど上物だ。仕立てや生地の質を落としたあんな仮装の、一体何が良いんだよ」
「だけどあの妖精の衣装、デザインがすごく華やかで素敵。魔灯夜祭ならではって感じて、素敵だと思うな!」
そんな感想を述べるフランチェスカに、ダヴィードが小声で呟いた。
「どいつもこいつも偽物まみれ。醜い姿をした嘘つきどもがうろつき回る、それが魔灯夜祭だ」
「……ダヴィード?」
レオナルドもダヴィードと同じように、魔灯夜祭が嘘つきたちの祭りであると表現していた。
「この世界で、価値があるのは本物だけだろ」
ダヴィードの声は、重々しい響きを帯びている。
それこそが、美しいものを生業とするラニエーリの家に生まれた、次期当主たるダヴィードの信条なのかもしれない。
「だからこそ、輝石の偽物なんて許されねえ。おい、さっさと情報共有を始めるぞ」
「……うん」
案内された応接室で、ダヴィードの向かいの椅子に座る。
その後に出された美味しい紅茶を味わいながら、フランチェスカはダヴィードと、輝石捜索についての話を始めた。
「ラニエーリ家に関わる人で、所在を確認したい人がいるの」
「ああ?」