159 強制覚醒
愛らしい微笑みの中に、確かな殺気が滲んでいる。
動きを止めていたカルロが、ゆっくりとその手を下ろして項垂れた。
「……謝罪する。研究対象を見ると、我を忘れることがあるんだ」
(しゅんとしてる……!)
無表情だが何となく分かるのは、父もよく似たタイプであり、フランチェスカが慣れているからだろうか。
「だ、大丈夫です! 少しびっくりしただけで……ってあれ? 研究対象?」
「お前の特徴は、カルヴィーノ家の令嬢、フランチェスカと一致する」
社交界には顔を出していないものの、フランチェスカが赤い髪に水色の瞳を持つことは、父と同じ色彩であることからも周知の事実だ。
レオナルドに伴われて現れたフランチェスカが、カルヴィーノ家のひとり娘であることくらい、カルロには容易に分かったのだろう。
「お前はスキルを持たないという話になっている。だが実際は、何か特殊なスキルを所持していることを、そうした偽りで隠蔽しているだけではないかと推測した」
「……」
フランチェスカは諦めた。背筋を正して外套の裾を持つと、カルロに向けて淑女の礼をする。
「――はじめまして。ご想像の通り、私はフランチェスカ・アメリア・カルヴィーノです」
するとカルロは、その無表情に少しだけ意外そうな感情を混ぜた。
「……初対面で、俺に嫌な顔をしない人間は初めてだな」
「初めて会った人に、もっとすごい対応をされたこともあるので……」
「ははは」
心当たりがあるらしき友人が、室内の椅子に構わず座った。見る限り、ここは診察所のような造りをしている。
「その紫の髪。ロンバルディさんはひょっとして、五大ファミリーの……」
フランチェスカの中で結論は出ているが、敢えて彼の素性を尋ねた。
「カルロでいい。……俺は、ロンバルディの落ちこぼれだからな」
(それは嘘だ。カルロは充分に『天才』で、同じ『天才』である跡継ぎのエリゼオを脅やかすからって危ぶまれて、冤罪で一族を追放されたはず)
橙色をしたカルロの瞳は、前世で好きだった線香花火の、ちかちかと光る玉を思い出させる。
(ゲームでは敵であるレオナルド側の人として、名前やその経歴だけが出てくる存在。立ち絵のシルエットしか見せてもらえなかった人物に、まさかこんな風に出会うなんて……)
「そんなことよりも、カルロ」
長椅子へと腰を下ろしたレオナルドが、のびのびした雰囲気でカルロに告げた。
「お前が診るべき人間は、いつのまに変更になったんだ?」
「……起きている事象は興味深い。しかしお前からの俺への依頼は、分析や研究ではなく『対処療法』だろう」
「レオナルド? 一体何をしようとしてるの?」
カルロが医療めいたスキルを持つ学者であることは、ゲームのシナリオから察せられる。
しかし、それが具体的にどんなものではあるかは、フランチェスカが死ぬまでに配信された章では語られなかった。
小さな足をゆらゆらさせて、レオナルドが遊ぶように告げる。
「カルロは『どんな人間相手であっても』、強制的にスキルひとつを覚醒させることが出来る」
「……!」
その言葉に、フランチェスカは目を見開いた。
「どんな人間相手でも? それって、血筋は関係なく……」
スキルの保有数は生まれてきた血筋、血の貴さで決まる。
ゲーム世界ではレアリティ、レア度と呼ばれるシステムが、この世界ではそのまま身分の高さと繋がっているのだ。
王族や貴族はレアリティが高く、スキルを最大三つまで所有できて、スキル自体も強力なものになる。
一方でいわゆる庶民となると、スキルがひとつしかない者や、一切を持たない者が多い。
この世界でスキルを保有していない人間の方が圧倒的に少なく、その格差が、この世界での身分差を決定付けるものにもなっていた。
「誰でもスキルが使えるようになる。それってすごく、とんでもないことなんじゃ……!」
そんなスキルの存在は、ゲームでも聞いたことがない。そんなことが可能なのであれば、レアリティシステムの概念を大きく変えてしまうものだ。
そしてフランチェスカは、レオナルドがここに来た理由に思い至る。
「もしかして。十歳でスキルが覚醒する前の、小さな子供でも……?」
「……俺がそうした施術を行ったことは、幾度もある」
カルロはレオナルドの前に膝をつきながら、淡々と言った。
「貴族の血筋において、跡を継ぐ者の優秀さは重要な項目となるのだ。候補者のうち誰を後継者とするかは、スキルの内容で決める家も少なくない」
「……そのために、幼い子供のスキルを強制的に覚醒させて、確かめるということですか?」
「そうだ。十歳になるまでにスキルが使えるようになり、その内容が分かっていれば、跡目争いの無駄も減らせる。スキルの優秀な後継者への教育を、早くから始めることが可能だ」
胸が締め付けられるような苦しさを覚え、フランチェスカは俯いた。
(レオナルドが聞かせてくれた、小さな頃の話。お兄さんよりも優秀だと思われたくなくて、自分のスキルが覚醒しないことを願ってたって……)
レオナルドの兄は、他者のスキルが分かる能力を持っていたという。しかし、これも非常に珍しいスキルだ。
通常は誰しも、十歳のスキル覚醒時にならなければ、どんなスキルを持っているかは分からない。
しかしカルロのスキルがあれば、子供相手にも強制的にスキルを覚醒させることで、その判断を早めることが出来るということになる。
「そんな訳でカルロ、よろしく頼む。頼んでおいた通り、強制覚醒させるのはひとつで充分だ」
「ああ。他者から奪取するスキルではなく、別の……」
「待って、レオナルド」
レオナルドとカルロの会話を遮り、フランチェスカは確かめた。
「強制覚醒をすることで、レオナルドにはどんな負担が掛かるの?」
「――――……」
レオナルドは柔らかく微笑んで、フランチェスカを見上げる。