16 ひみつの能力
レオナルドの周囲にいるのは、制服を着た男性たちだった。
一時的に生徒のふりをしているか、殺し屋が生徒として入学しているかのどちらかなのだろう。
いずれにせよ、学院には教員のスキルによって、『学院内に銃の持ち込みは出来ない』という結界が張られている。
(学院内にいれば、銃での狙撃はされない。されないけど……)
「……」
レオナルドが、フランチェスカからふいっと視線を逸らす。
それと同時に、男たちが一斉に彼へと襲い掛かった。
(――やっぱり、ナイフを持ってる!)
授業でも使うことのある刃物は、隠せば持ち込めてしまうのだ。
切っ先は、レオナルドの首や胸に定められている。だが、レオナルドは涼しい顔をして、最初のひとりの凶刃を躱した。
体の重心を右にずらし、的を外した男の手首を掴む。そのままくるっと身を返し、敵の腕を捻りあげると、悲鳴を上げる男を背負うようにして投げ飛ばした。
「ぐあっ!」
その直後、レオナルドは次の敵の懐に飛び込み、手刀でナイフを叩き落とす。続いて服の胸倉を掴むと、軽やかに頬を一発殴った。
それだけで鈍い音がして、ふたりめの敵が気を失う。レオナルドはその敵を地面に捨てると、気軽な調子で伸びをした。
「っ、はは! あー、久々に体を動かすとすっきりするな」
「くそ、なんだこいつ……!! こっちは十人掛かりだってのに……」
「仕方ない、どいてろ!」
殺し屋のひとりが、レオナルドに向かって手のひらを翳した。
水色の光が渦を巻き、男の周りに集まってゆく。レオナルドはそれを見て、つまらなさそうに目を閉じた。
「なんだ。肉弾戦が楽しかったんだが、結局はスキル勝負になるのか」
「死ね、アルディーニ!!」
殺し屋が、力を放とうとした瞬間だった。
「――……」
レオナルドが、閉じていた目をゆっくりと開いた。
そして男の方を見る。直後、その場にいた大勢の男たちが、どしゃりと地面に膝をついた。
「な……っ!?」
「ぐっ、うわあああ!!」
何が起きたのか分からないとでも言うような悲鳴が上がる。
「……」
「体が……! 体が、動かない……!!」
(あれは……駄目だ、行かないと!!)
フランチェスカは窓枠から手を離すと、急いで階段を駆け降りた。
(……レオナルドのスキルのひとつ。ストーリーで明らかになっているのは、他人の自由を奪って強制的に動きを止めるもの……)
先ほど発動させたのは、恐らくそのスキルだ。
メインストーリーのバトルでは、レオナルドと戦闘する際に、強制敗北するイベントが何度も起こる。開幕で発動されるのが、こちらが3ターン一切動くこともできなくなるスキルなのだった。
(スキルを一度使用すれば、もう一度同じスキルを使えるようになるまでは、時間が掛かる)
これもまた、ゲームのシステムが影響しているのだろう。
ゲームでは、ひとつのスキルを発動させると、次の使用までには所定のターンが必要になっていた。
それが反映されたこの世界でも、スキルの連続発動は出来ない。そして、次に使えるようになるまでの時間は、強いスキルであればあるほど長いのだ。
(スキル使用不可の時間があるっていっても、レオナルドのさっきのやつは、すべての敵に影響するスキルのはず。――あそこにいたレオナルドの敵は、全員動けない。だけど……!)
ぐっと眉根を寄せる。校舎を飛び出し、息を弾ませながら、レオナルドのいる裏庭へと走った。
校舎裏に回り込むと、だんだん光景が近付いてくる。それは、フランチェスカですら息を呑んでしまうものだ。
地面には、何人もの男が倒れていた。
レオナルドは、そのうちのひとりの背に座り、別の男の胸ぐらを掴んでいる。レオナルドは、こちらに走ってくるフランチェスカの姿に気が付いたようだ。
「……おっと。来たのか、フランチェスカ」
レオナルドの頬は、返り血らしきもので赤く汚れている。
男たちはいまや、スキルの力によってではなく、レオナルドに痛めつけられて動けないようなのだった。
みんな腹や腕を押さえ、中には口から血をこぼす者もいる。フランチェスカが二階から降りてくるまでの数十秒で、ここまで凄惨な状況になるものだろうか。
「近付かない方がいい。こんな所を誰かに見られたら、友達が出来なくなるぞ?」
「……っ」
「さっさといなくなれ。――言っただろう、君を殺す前に離れてくれと」
だが、フランチェスカはそのまま足を止めなかった。
それどころか、立ち上がったレオナルドに狙いを定めると、そのまま勢いを付けて彼の元へと飛び込むのだ。
「……!?」
さすがに面食らった様子のレオナルドが、それでも背中を抱き止めてくれる。
フランチェスカは、抱き付いたレオナルドにある行為を行うと、そのまま顔を上げてこう叫んだ。
「アルディーニさん、もう一度さっきのスキルを使って! 今回だけは連続で使えるから、お願い!!」
「は……?」
突然こんなことを言われても、恐らく訳が分からないだろう。それに、同じスキルが何度も連続で使えないのは、この世界では当たり前の事実なのだ。
すべてを説明する時間が惜しく、必死で呼吸を継ぎながら叫ぶ。
「いまは黙って私を信じてほしい……! あそこ、三階!!」
フランチェスカが指差したのは、先ほどフランチェスカが覗いていた窓のその上だ。
「投げナイフ! ……隙が出来るのを狙ってる――……!!」
「――――……」
フランチェスカがそう叫んで、一秒も数える暇はなかった。
「ぐ……っ!!」
頭上から、澱んだ悲鳴が聞こえてくる。
どさりと倒れる音がして、ようやく辺りが静かになった。それを確かめて、フランチェスカはほっと息をつく。
「…………」
「……わあっ!!」
そういえば、レオナルドに抱き付いたままだった。
慌てて離し、敵意はありませんの万歳をする。レオナルドはいつもの笑みを消し、無表情に近い顔をして、フランチェスカを見ていた。
「え、えーっと……」
しどろもどろになりながらも、フランチェスカは口を開く。
「こ、巧妙に気配を隠してたよね! 最後に残ってた殺し屋はきっと、気配を遮断できるタイプのスキル持ちなんだと思う!!」
「……」
「私もきっと、ちょうど真下にいなかったら、かすかな殺気には気付けなかったなあ……!! なんにせよ、間に合って良かっ……」
「フランチェスカ」
ぐっと手首を掴まれ、珍しい動物を捕まえたかのように引き寄せられて、フランチェスカは観念した。
「さっき、俺に何をした?」
「……うぐう……」
これはもう、言い逃れできない状況だ。
「……わ……わたし。スキル。つかった。…………スキル。もってた」
「……」
「…………うそ。……ついてた。……ゴメン……」
「ふ」
ぎこちなく説明するフランチェスカに、レオナルドが口元を緩める。
「ふは。なんでここに来て片言なんだ? 面白いな」
(ご、誤魔化せた……?)
スキルを持っていないと話したものの、実際はちゃんと持っていた。
それだけのことが知られても、一応まだ致命傷ではない。
婚約解消の口実には遠のいたかもしれないが、これ以上はなんとか有耶無耶にして、追及を回避できないだろうか。
そう思っていたものの、レオナルドは満月色の瞳を細めて、フランチェスカの顔を覗き込んだ。
「――『俺に何をしたのか』って、そう聞いた」
「……っ」
さすがに背筋がぞくりとした。
レオナルドの物言いは柔らかく、表情も穏やかだ。それなのに、声音はいつもよりも随分と低く、注がれる眼差しには容赦がない。
『逃がさない』と、そう雄弁に語っている。
「……あなたのスキルの、使用制限を解除したの。そうしないと、危ないと思ったから」
見せてしまったことだけは隠せない。
目を逸らしつつ答えると、顎を掴んで彼の方を向かされる。
「それだけじゃないよな?」
「……」
「言う気がないなら当てようか」
彼はもう、ほとんど確信しているのだ。
「二度目にスキルを使ったときは、スキルの効力を弱めておいたつもりだった。ここにいる連中は全員潰してしまったが、せっかくひとり無事なのが残っていたなら、『生き残り』を尋問しようかと思って」
(咄嗟のことだったのに、あの一瞬でそこまで計算して加減したの!?)
「だというのに、俺のスキルを浴びた殺し屋は、悲鳴を上げて気を失ったようだ。ちょっと動きを止めようとしただけなのに、きっとショックが大きすぎたんだな」
レオナルドは、フランチェスカを観察するように、楽しそうに目をすがめる。
「――君のスキルは、『他者のスキルを強化する』ことだ」
「……!」
「使用制限の解除は、単なる副産物。そうだろう?」
レオナルドの言った通りだった。
フランチェスカの持つ三つのスキルは、どれも他人を強化し、育成することの出来るスキルなのだ。
キャラクターを強化育成するゲームの、主人公であるからこその能力だった。
フランチェスカは、誰かのスキルをより強く、より自由に、さらに優秀に進化させることが出来る。
そんなスキルを持っているのは、世界にフランチェスカひとりだけなのだと、ゲームでは明言されていた。




