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155  一緒だね(第3部2章・完)


「昨晩どうしてあの会場に、お前は突然現れた?」


 ダヴィードの殺気が突き刺さり、頬がぴりぴりと痺れた。フランチェスカは目を眇め、顔色を変えずにダヴィードに答える。


「……直前で、やっぱり行ってみたくなったからだよ。ミストレアルの輝石が五十年ぶりにやってきて、それを歓迎される場所に」

「は。長年社交界を避け続けてきたカルヴィーノのひとり娘が、それだけの理由でか」

「少し前まで、ママの生まれた国で展示されていた輝石だから。隣の国からこの国まで、まるでお嫁さんに来たみたいでしょ?」


 グラツィアーノたちに話したのと同じ理由を、紛れもない本心のひとつとして告げた。


「なんだかそれも、私のママみたいだなって思ったの」

「…………」


 ダヴィードは、フランチェスカの真意を探るかのように目を眇める。


(まだ警戒してる……ように見えるけど、殺気がなくなった。私の言葉を、信じる気にはなってくれたみたい)


 フランチェスカからは微笑んで、ダヴィードに尋ねた。


「ダヴィードが昨日あの会場に居たのは、ソフィアさんのため?」

「……会場内をさりげなく警戒しろって、姉貴権限とやらで命令されたんだよ。逆らうとうるせえから従ってやっただけで、あいつの為なんかじゃねえ」


 ダヴィードが手にした銃の先は、依然としてフランチェスカに向けられている。いつでも安全装置を外せる位置から、親指がそっとずれたのが分かった。


「輝石が偽物にすり替えられたなんて汚名も、このままにはしておけねえんだよ」


 自らに言い聞かせるような声で、ダヴィードが呟く。


「ラニエーリ家は、いずれ俺が継がなくちゃならねえ、俺の家だ」

「…………」


 ここで脳裏に浮かぶのは、やはりゲームのシナリオだ。


(やっぱり第三章のシナリオ通り、ダヴィードは自分が当主になることに、自信が無くて迷ってる……? 私はゲームの役割に沿って、ダヴィードの当主継承を、肯定するべき)


 当主として正しい覚悟だと、ダヴィードに告げなくてはならない。


 それが分かっているはずなのに、フランチェスカにはどうしても出来なくて、そのままの気持ちで口を開いた。



「――そうやって自分を追い詰める必要なんて、ひとつも無いよ」

「……ああ?」



 ダヴィードが思い切り眉根を寄せて、フランチェスカを見下ろす。


「私が夜会に出なかったのはね。いつか表の世界で普通に、平穏で平凡な人生を送りたいからなんだ」

「表? カルヴィーノ家のひとり娘がか?」

「そう。スキルを持ってないのが恥ずかしいからとか、病弱だからっていう嘘をついたりだとか、それらしい理由を盾にしてるけど……本当はそれが理由なの」


 ゲームとはまったく違う言葉を、彼へと向けた。


「カルヴィーノ家の娘に生まれたけれど、私は運命に抗いたい。……ダヴィードだって本心では、私と同じことを思ってるんじゃないかな?」

「そ、れは」

「いずれ継がなくちゃいけないなんて、そんなに苦しそうな顔で言わないで」


 フランチェスカが肯定するのは、ダヴィードが当主たる資格があること以上に、ダヴィードの心情の方だ。


「辛いだけの運命を、黙って受け入れなくていいの」

「……!」


 フランチェスカは微笑んで、ダヴィードに告げた。


「逃げたい同士。私たち、仲間だね」

「…………」


 姉と同じ色をしたダヴィードの瞳が、僅かに揺れる。


「なんなんだよ、お前は」


 突き付けられていた銃口が、ゆっくりと床に向けて降ろされた。


「……俺にそんなこと言いやがる奴なんざ、初めて見た……」

「……ダヴィード」


 ダヴィードのその声音は、先ほどまでよりも穏やかになっている。


「もういい、お前を怪しむのも馬鹿馬鹿しくなってきた。……どうやら、かなりの変人みたいだしな」

「ふふ、心外だなあ。でも、ありがとう」


 フランチェスカはほっとして、座り込んでいた絨毯から立ち上がる。


「それから、今日ここで会えてよかった」

「あ?」


 部屋の隅に置いてあった緑色の椅子に座らせてもらいつつ、こちらの本題をダヴィードに切り出した。


「ルカさまから少しお話を聞いたの。ミストレアルの輝石は、偽物にすり替わってたって」


 本当はレオナルドの集音スキルによるものだが、それは内密にしておく必要がある。しかしダヴィードは、フランチェスカの言葉に呆れた顔だ。


「おい。まさか、ルカさまって陛下のことか」

「不敬なのは分かってるけど、ルカさま本人がそう呼ぶようにって仰るんだもん。それでね、私も輝石探しを手伝えないかなと思ってるの」


 こうして直接関わるのではなく、遠くから間接的に助けられないかとも目論んでいたが、そうした計画は捨てることにする。

 いまのフランチェスカには、この事件を早急に解決したい理由が出来てしまった。


「輝石をすり替えた犯人はきっと、レオナルドが子供の姿になったこととも関係してる」


 ゲームシナリオの通りであれば、子供の姿になったあと大人に戻るのは、本心を曝け出すことが鍵になっていたはずだ。

 それなのにレオナルドはどうもおかしい。なにしろ一度は大人に戻っていたかと思えば、すぐさま子供に変化してしまったのである。


(私と条件が違うなら、早くスキルの使用者を見付けて、解除方法を確認しなきゃ……)

「……ま、確かに同感だ。アルディーニに子供化のスキルを使った人間が、輝石の行方を知っているだろうからな。子供の姿にしたことに、何か理由があるに違いねーし」

(確かにそうだ。ゲームで『フランチェスカ』が子供になるっていう前提知識があるから、レオナルドが小さくなっちゃったこと自体は疑問に思わなかったけれど……対象の姿を変えるにしても、どうして子供なんだろ?)


 ダヴィードはまるで悪党のように、嘲笑のような笑みを浮かべて言った。


「ちょうどいい。いざとなったら、ガキのアルディーニを囮にして……」

「――駄目だよ」

「!」


 ダヴィードに向けて放った声は、我ながら冷ややかなものになってしまう。


「たとえ作戦でも、レオナルドを危険な目に遭わせる方法は選ばない」

「……お前」

「ごめんね。ダヴィード」


 ダヴィードの持っていた銃の先が、いつの間にかもう一度フランチェスカに向けられていた。

 どうやらそれは、反射的に向けてしまったものらしい。ダヴィードはものすごく苦い顔をして、ゆっくり銃を降ろしてゆく。


「本当にいつか、表の社会で生きる気あんのか?」

「なんで!? あるよ!!」


 心外に思いつつも、大事なことを確かめた。


「レオナルドに危ないことはさせられないけど、協力関係にはなりたいな。どう?」

「…………」

「そ、そ、それかその、もっと率直に!! この機会に私たち、友達になってみるっていうのは……」

「友達だって?」


 ダヴィードはフランチェスカをじっと見つめ、数秒ほどで目を逸らした。


「……ならねーよ」

「があん……!!」


 あっさり友達を断られてしまい、頭に岩が落ちてきたような衝撃を覚える。やはりどうやらフランチェスカには、レオナルドしか友達が出来ないらしい。


(……それでも、ひとまずはダヴィードと一緒に行動できそうでよかった。結局ゲーム通りだけど、本物の輝石を見付け出して、レオナルドを元に戻さなきゃ……!)

「…………」




***




 国王ルカに伴われた先で、レオナルドはその顔を歪めていた。


 レオナルドにとって、自身の表情を偽るのは容易いことだ。

 どのような感情を抱いても、フランチェスカを前にしたとき以外は、微笑みひとつで全てを覆い隠せる。


「……これは……」


 けれども今は、そうした微笑みを浮かべる気すら失せて、ルカに見せられた『とあるもの』を見下ろしていた。


「私のスキルは理解してもらえたか?」

「…………」

「私以外にこの事実を知っている人間は、エヴァルトとお前のふたりになった」


 フランチェスカの父であるエヴァルトは、レオナルドたちから少し離れた場所に立っている。

 エヴァルトが浮かべているのも、普段の無表情ではない。王城の地下にある大理石の空間で、やはり下方を睨み付けていた。


「……フランチェスカのお父君も人が悪い。陛下のスキルがどういったものか、かなり以前からご存知だったのですね」

「……黙っていろ」

「おや、失礼」


 わざと軽口を叩いてみるも、皮肉を言い続けるような気分にもならない。

 そんなレオナルドを見て、国王ルカが口を開いた。


「私は本当に心から、子供や孫のように思っているよ。お前たちや、すべての国民……そして当然、フランチェスカもだ」

「……そのお言葉を、疑ったことはありませんよ」

「嬉しいことを言ってくれる。それではこの想いも信じてくれるか? アルディーニ、フランチェスカの婚約者たる青年よ」


 ルカは少しだけ寂しそうに笑い、ほのかに発光する床の中央へと踏み出す。


「私は、何があっても守らねばならないのだ」

(本当に、この世界は)


 レオナルドは目を眇め、心の底からこう考えた。


(――フランチェスカ以外の何もかもが、あまりにも忌々しく出来ている)




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第3部3章へ続く

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