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150 一緒に寝よう!



 首を傾げるものの、フランチェスカに聞かせたくない独り言なのであれば、尋ねるべきではないことだ。


「それにしても、グラツィアーノが小さかった頃の服を思い出に残しておいてよかった……。子供化したとき、なんでか服も自動的に子供用になってたけど、さすがに着替えまでは無いもんね」

「ああ。やっぱりこの服、あの番犬のものか」

「グラツィアーノ、張り切ってたなあ。この家ではグラツィアーノが一番年下だから、お兄さん風を吹かせられて楽しそう」


 そしてグラツィアーノの行動は、レオナルドの天使のような振る舞いによるものが大きい。レオナルドは小さな子供の姿になっても、誰かに影響を与えることに長けている。


「この時間だが、お父君はラニエーリ家へと出掛けたようだな」

「うん。やっぱりソフィアさんはパパたちに、輝石すり替えについての協力を要請したみたい」


 レオナルドがこの姿になったことは、ダヴィード経由でソフィアに伝わったはずだ。アルディーニ家が輝石の調査に加わらなくとも、ソフィアに不審がられはしないだろう。


 とはいえ、輝石を取り戻すための調査に、レオナルドが大々的に加われなくなってしまったのは痛手だ。それもこれも、フランチェスカがレオナルドに庇われた所為だった。


「本物の輝石は、一体どうなっちゃったんだろう。そもそもいつから偽物で、誰がすり替えなんて出来たのかな?」

「輝石に何かあれば、国の命運すら揺るがすからな。ラニエーリ家は厳重に警備をしていたはずで、隙があったとは考えにくい」

「もしかして、実は最初から偽物だったりしない? この国に来る前からすり替えられてて、本物は何処にも無かったりして……」

「そうだとしたら、この国が輝石を紛失したことにしたい何者かの仕業とも想定される。換金目的とは思えないからな」


 推測を交わせば交わすほど、フランチェスカは悲しい気持ちになってきた。


「ミストレアルの輝石がすり替えられたことが公になる前に、本物を見付けないと。冬にある聖夜の儀式がきたら、絶対に輝石が偽物だってバレちゃうんだから……」

「もっとも、あの儀式とやらが何処まで信憑性のあるものかは疑わしいが」

「そうだとしても、最悪の事態は想定しておかなきゃ。このままだと輝石をなくしちゃったことを理由に、戦争になってもおかしくないよ」


 そしてゲームのシナリオにおいて、それを見付け出すのはダヴィードとフランチェスカだ。


(ホールから去った人影。ゲームシナリオではその人が犯人で、レオナルドの配下ということになっていたけれど、この世界での真実は違う。きっと黒幕に洗脳された誰かが犯人で、その人を見付けなきゃ……)


 恐らく今頃ラニエーリ家は、会場内で怪しい動きを取っている人間がいないかを調べ終えた頃だろう。


「フランチェスカ。ホールに出入りをする人間は、招待客だけでなくラニエーリ家も含め、リストで厳密に管理されていたんだろう?」

「うん、レオナルドにも話した通りだよ。顔を隠す仮装をした人は、別室で確認される徹底ぶりで……」

「それでも、ダヴィードの名前については、君の見たリストに存在していなかった」


 レオナルドの確認に対し、フランチェスカは頷いた。


(レオナルドから見れば、ダヴィードが怪しく映っちゃうよね。ダヴィードはシナリオ上、犯人を追いかける側の人だから大丈夫…………なんて言えないし)


 ううんと悩んでいるフランチェスカを前に、レオナルドが微笑んで言う。


「君が思い詰める必要は無いよ。フランチェスカ」

「え……」

「こんな状況になったのは、なにひとつ君の責任じゃない」


 寝台に座ったフランチェスカの頭を、レオナルドがよしよしと撫でてくれた。いまはフランチェスカよりも小さくなったその手から、子供らしい温かさを感じる。


「……ありがとう。レオナルド」


 けれどもこれは間違いなく、フランチェスカの不手際によって起きた事態だ。


(ゲームシナリオを通して、こうなる可能性が推測出来ていたのに。結局止められなかった上に、レオナルドまで巻き込んじゃった)


 少なくとも、これ以上シナリオから逃げる訳にはいかない。


「出来る限り、ソフィアさんやラニエーリ家を手伝いたいな。ダヴィードのことも」

「……まったく。本当にお人好しだな、君は」

「レオナルドが元の姿に戻る方法も、分かったらいつだって手伝うからね! 隠してる本心、心当たりがあったら教えてね?」

「ああ。頼りにしている」


 その言葉が嘘であることは、フランチェスカにもすぐに分かった。寂しさや不甲斐なさを感じるものの、友達として無理強いは出来ない。


「……ね。レオナルド」


 首を傾げた小さなレオナルドに、フランチェスカはそっと尋ねる。


「やっぱり今夜は、一緒のお布団で寝ない?」

「…………」



 レオナルドは微笑んで、フランチェスカにやさしく説いた。


「ありがとう。だが、俺はひとりで大丈夫だよ」

「でも、心配だし……最初の夜だけでも一緒にいられれば、レオナルドの不便にも気が付けると思うんだ」


 恐らくだがレオナルドは、困ったことがあっても口にはしないだろう。せめてフランチェスカが傍に居て、力になりたい。


「パパにはバレないよう、こっそりね」

「……フランチェスカ」

「大丈夫。グラツィアーノと一緒に寝るのも禁止だったけど、抜け出して一緒に寝たことが何度かあるんだ」

「番犬と?」


 少しだけレオナルドの反応が変わったものの、フランチェスカははっとした。


「あ! もしも遠慮してる訳じゃなくて、本当に嫌なんだったら教えてね!?」

「……いいや」


 するとレオナルドは、仕方なさそうに微笑んで言う。


「君と過ごせることを、俺が嫌だと感じるはずもない。いいよ、今夜だけ一緒に居ようか」

「……うん!」


 フランチェスカは頷いて、そこからレオナルドと一緒に眠る支度を始めた。

 一度みんなに『おやすみなさい』を告げて、部屋に戻る。そこから枕を持って抜け出し、レオナルドのための客室を訪れた。


「レオナルド、どう? ベッドは狭くない?」

「ああ。大丈夫だよ」


 その答えにほっとしつつ、フランチェスカはレオナルドの方へと寝返りを打つ。


(……二年生は明日、秋の芸術鑑賞だけど。レオナルドはこの姿だから、学校に行けないよね)


 本来であればミストレアルの輝石は、明日からしばらく美術館に展示されるはずだった。学院はそれに合わせて、生徒が美術館に訪問する行事を組んでいるのだ。


 この芸術鑑賞は春にもあったが、その際のレオナルドは負傷していたため、一緒に回ることは出来なかった。

 恐らく今回も、レオナルドと美術館には行けないだろう。


(私も明日、休んじゃおうかな……)


 こうしてレオナルドを見ていると、改めてその小ささを実感する。


 レオナルドは自分の手のひらを見つめて、何度も握っては開き直していた。

 フランチェスカよりも背の高かった十七歳の男の子が、いきなり幼児に戻ってしまったのだから、違和感があるのは当然だ。


(体が小さくなって、非力になっただけじゃない。スキルも使えなくなったんだから、レオナルドにとっては本当に非常事態だよね)


 レオナルドはいつだって余裕のある振る舞いをしているが、彼の人生には敵が多く、張り詰めた日常を送っている。

 それなのに今は、全ての『武器』が奪われた状況なのだ。こんな小さな体では、銃を撃ったときの反動にすら負けてしまう。


「ねえ、レオナルド……」

「ん?」


 フランチェスカは手を伸ばし、レオナルドの手をそっと包んだ。


「大丈夫。……大丈夫だからね」

「どうしたんだ? フランチェスカ」

「レオナルドが、どんな状況になっても大丈夫」


 ぽかぽかしたレオナルドの体温を感じながら、心からの想いを彼に告げる。


「……何があってもレオナルドの、味方でいるよ」

「……!」


 少しだけ、レオナルドが目を見開いたような気がした。


「絶対に守るから、安心して眠ってね」

「……君は……」

「レオナルドの、力に、なりたいの……」

「…………」


 小さな手が、フランチェスカの指をやさしく握り返す。


「君は本当に、温かいな」

「あったかいのは、レオナルドじゃないかなあ。こうして同じお布団にいると、すぐ眠くなっちゃう……」

「はは。子供の体温だからだろう」


 フランチェスカの頭を撫でる際の触れ方は、大人のときと変わらない。フランチェスカの方が安心してしまい、瞼がうとうとと重くなった。


「……俺のことを本気で守る人間なんて、もう二度と現れないはずだったのに」


 ゆっくりと目を閉じたフランチェスカの傍で、レオナルドが何かを囁いた。



「君という存在に出会わなかった頃、自分がどう生きていたのか思い出せない」

(何か、話してくれてる……?)


 眠りの中に沈みながら、それだけをなんとか認識する。


「俺の、唯一残った大事なもの。フランチェスカ」

(……よく、聞こえない……。起きなきゃ。眠らずに、ちゃんと、話したいのに)

「君が欲しいものなら、全部あげたって構わないんだ。……君の尊ぶ『友情』を、俺の醜い恋慕で壊したりはしないよ」


 それがどういう意味なのか、それを考えることすら出来なかった。フランチェスカはとても眠くて、この言葉を覚えていられる自信がない。


(……どうしてそんなに、寂しそうなの……)


 けれどもそれを尋ねられず、急速な眠りに落ちてゆく。

 そうしてフランチェスカは夢の中で、確かにこんな声を聞いた。



「――魔灯夜祭の季節に、死人が帰ってきたぞ」



 それは、大人の姿をしたレオナルドが、独白のように紡ぐ夢だ。


「どう出る? 『クレスターニ』」




***




 そして翌朝、目を覚ましたフランチェスカは絶句することになる。


 眠る前、隣にいたはずの『男の子』の姿は消え、そこには見慣れた青年の姿があったからだ。


「――おはよう。俺の可愛いフランチェスカ」

「れ…………」


 同じ寝台の中には、白いシャツと黒いズボンを身に付けた、フランチェスカよりも長身の青年がいたのである。


「……レオナルドが、大人の姿に戻ってる……!!」


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