148 手の内
(吃驚したけど、当たり前だ! ゲームの私だって、子供の姿に変えられたあとも、精神は十七歳のままだったんだもん)
しかし、フランチェスカが勘違いをしてしまったのも、レオナルドが幼く振る舞っていたからである。
「どうしてさっきまで、中身も小さな男の子になったふりをしていたの?」
「手の内は見せない主義なんだ。フランチェスカ以外には」
「そっか。ダヴィードが居たから……」
レオナルドは、嘘をつくのがとても上手だ。
「レオナルドが本気で隠そうとしたら、私にはなんにも見抜けないんだろうなあ」
「……どうかな」
大人びた微笑みを浮かべたレオナルドが、大切そうにフランチェスカを見上げる。
「君に隠し事を続けるのは、俺には何より難しそうだ」
「?」
フランチェスカが首を傾げても、レオナルドが教えてくれる気配はない。
その様子を見ていると、やはりレオナルドの嘘は見抜けないという心境になるのだった。
「……あのね、レオナルド。元の姿に戻る方法なんだけど」
フランチェスカが『シナリオ』によって様々な知識を得ていることは、レオナルドに話せていない。
黒幕に洗脳されたときのための対策だが、仔細を話せないのに様々な情報を語るフランチェスカのことを、レオナルドは信じてくれている。
「その……多分、『本心を曝け出す』ことが鍵になってるの」
「本心?」
「うん。隠してること、言えないこと、我慢してること」
ゲームシナリオでのフランチェスカは、三章までに親しくなった面々の前で、泣きじゃくりながらそれを打ち明けた。
「レオナルドが、何か秘密を抱えている本人に対して、本当の感情を話せば元に戻れる」
「……」
わずかに俯いたレオナルドが、月の色をした瞳を隠すように目を閉じる。
フランチェスカは慎重に、おずおずと問い掛けを切り出した。
「レオナルドは何か、心当たりある?」
そんな聞き方をしなくとも、彼には秘密があるはずだ。
特にこのところのレオナルドは、何か隠し事をしている雰囲気を帯びていた。
フランチェスカに気取らせてしまっている以上、レオナルドが本気で隠したいと望んでいるのではなく、事情があってそうせざるを得ないものなのだろう。
「……俺は」
口を開いたレオナルドに対し、フランチェスカの方が緊張した。
けれども彼はにこりと微笑み、なんでもないことのように続けるのだ。
「――いつでも本音で過ごしてるけどな?」
「う……」
フランチェスカは目を丸くして、思わず大きな声を上げた。
「嘘だあ!」
「おっと。心外だ、君にはそれなりに曝け出しているんだが」
「いくらなんでも騙されないよ! 確かに本当のこともいっぱい教えてもらってる実感はあるけど、それが全部じゃないって分かるもの!」
「ははは。さすがは俺のフランチェスカ、よく理解してくれていて嬉しいよ」
小さな子供の姿になっても、レオナルドの雰囲気は変わらない。ひょっとして本当の子供だった頃も、レオナルドはレオナルドのままだったのだろうか。
「ひとまず、すぐに大人の姿に戻ることは難しそうだね……」
『感情を曝け出す』ということについて、レオナルドが何かを隠しているとしても。
あるいは本当に無自覚なのだとしても、曝け出すべき相手が近くにいないのだとしても、いずれにせよ時間を要することになりそうだ。
「アルディーニ家に連絡しよう、レオナルド。一番信頼できる人は誰? 私がお願いして、レオナルドを迎えに来てもらうね」
「いや」
レオナルドは、その小さな手を握って開く。
「家の連中には言わなくていい。俺はしばらくの間、姿を消すよ」
「え……」
「部下には今後の方針について手紙を書いて、血の署名を施す。間違いなく俺の字、俺の血であることは鑑定スキルで証明できるから、あとはその内容に従って動くはずだ」
どうやらレオナルドは、小さな子供の姿になってもなお、自分のファミリーの構成員すら頼るつもりがないらしい。
「言っただろ。俺が手の内を明かすのは、フランチェスカだけだ」
「お家の人にも話さないの? レオナルドが、子供の姿になっちゃったこと」
するとレオナルドは微笑んで、なんでもないことのように言う。
「この体だと現状、スキルが何ひとつ使えない」
「!」
その言葉に、フランチェスカは息を呑んだ。
「子供の年齢なんて正確には分からないが、身体的には五歳か六歳くらいってところか?」
「……そっか。そういえば」
ゲームシナリオ三章の攻略中は、メインストーリー画面での『フランチェスカ』のスキルも制限されていた。
いまのレオナルドと同じように、子供の姿になった所為で、スキルが使用できなくなるからだ。
三章攻略中、主人公のスキルではキャラクターたちが育成できなくなり、ゲームを始めたばかりの初心者にとって最初の難関とされていた。
(ここにくるまで自分のキャラクターを育成しきれなかった人は、ゲームフレンドのキャラクターを借りるしかなくなるんだよね……。うっ、現実で本当の友達を作るまではゲームのフレンドも作らないようにしようと思っていた所為で、すごく苦労した悲しい記憶が……!)
『友達』への憧れが強すぎて、ゲームで気軽に見知らぬ人と繋がることが出来なかった前世を思い出す。フランチェスカは咳払いをし、レオナルドとの会話に戻った。
「スキルの覚醒は、十歳のときだから……体が子供に戻ったことで、スキル覚醒前と同じ扱いになってるんだね」
「そうなるな。この状況を解決できるまで、俺は少し離れた場所で君を助けるとしよう」
レオナルドは馬車の扉に手を掛けると、フランチェスカに微笑んだ。
「しばらくお別れだ、フランチェスカ」
「レオナルド……」
「何か分かったら連絡する。それじゃあ、また――……」
「駄目!!」
ここから居なくなろうとするレオナルドのことを、フランチェスカはぎゅむっと必死に抱き締めた。
「っ、フランチェスカ」
「駄目だよ、レオナルドをひとりにしたくない! そんな小さな子供の姿で、スキルも何も使えなくなって、自分の家も頼らないつもりの状況なのに……」
レオナルドがこの姿になってしまったのは、フランチェスカを庇った所為だ。
「心配してくれてありがとう、フランチェスカ。だが……」
「夜にひとりで出歩いて、誰かに攫われたらどうするの? 黒幕側のスキルで着せられてるこの服、仕立てが良すぎてすぐにお金持ちの子供だって思われちゃうよ!」
「大した技術だよな、この服も。姿の変貌に合わせて、それなりの美的感覚で自動的に服装が変わっている」
「小さなレオナルドが可愛すぎて、どうやっても注目を浴びるし……だからね、レオナルド」
フランチェスカは決意して、迷いのない心で彼に告げる。
「私の家においで。戻るまでうちに泊まればいいよ!」
「………………」
ぱちりと瞬きをしたレオナルドが、フランチェスカに聞き返した。
「なんだって?」
「うちにおいで。一緒に寝よう、レオナルド!」
口にしてみれば、これ以上の方法は無いように思える。
けれどもレオナルドは、なんだか難しい笑みを浮かべたあとに、「少し考えさせてくれ」と返事をしたのだった。
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