144 揺らぐ暗闇
「アルディーニ……」
「ははっ! 久し振りだな。ダヴィード」
レオナルドはいつもの悠然とした振る舞いで、ダヴィードに向けて告げる。けれどもその双眸には、牽制するような光が宿っていた。
「以前の警告を忘れたか? フランチェスカのことは俺の領分だ。――お前は気にせず行くといい」
「ち……っ」
眉根を寄せたダヴィードが、舌打ちしてからフランチェスカに叫んだ。
「おい、怪我はねえんだな!?」
「う……うん、平気!」
背中に答えを投げ掛ければ、ダヴィードはそのまま闇の中、混乱する人の間を掻き分けてゆく。
ダヴィードが真っ直ぐに目指しているのは、姉が守っている輝石の方角だ。
「レオナルド、灯りをお願い!」
「君のためなら」
フランチェスカを抱き寄せたままのレオナルドが、とてもやさしく微笑んだ気がした。
稲妻のような光が迸り、シャンデリアの蝋燭が一斉に灯る。突如明るさを取り戻したホールの中で、招待客が戸惑って辺りを見回した。
「どうなっているんだ? シャンデリアの火が……!」
「そ、それよりさっきの揺れはいったい何なのよ!?」
頭上のシャンデリアが静止しているのは、レオナルドの蔦を操るスキルによるものだ。
鎖に絡み付いた植物が、地震によって振り子のように動いていたシャンデリアを止めてくれている。
二種類のスキルを同時に発動し、それを周囲に悟らせないのは、レオナルドの手腕が優れているからだろう。
「君と打ち合わせをした通り、リカルドには『暗闇』を合図に全体防御スキルを発動させた。参加者たちの様子が支配スキルでおかしくなったら、頃合いを見て状態異常の解除スキルを使うように伝えてある」
「ありがとう、レオナルド! あとは、ミストレアルの輝石が無事なら……!」
背伸びをしてホールの向こうを見遣れば、ダヴィードがソフィアの元に辿り着いていた。
姉弟の間にあるショーケースには、大きくて美しい石の嵌まった王冠が、堂々たる風格で輝いている。
「……なんとも、ない、みたい……?」
「…………」
レオナルドが何も答えずに、注意深く輝石の方を見据えている。その行動が理解できてしまうのは、なんとなく嫌な予感がするからだ。
(胸騒ぎ。変な感じ。『暗闇に乗じて盗まれるはずの輝石を、すぐに明るくして守る』っていう単純な作戦が、成功したのに)
心臓が嫌な鼓動を刻んでいる。
先ほどシャンデリアの火を消した『何者か』の視線が、何処か近くから注がれているような感覚だ。
(……『悪党』が近くに居るみたいな、そんな気配が……)
フランチェスカははっとして、先ほどのバルコニーに駆け出した。
(ひょっとして、こっちなら……!)
レオナルドが何も聞かずに追ってきてくれたのは、彼も同じ違和感を抱えていたからだろうか。フランチェスカは頭の中で、ゲームのシナリオを振り返る。
(ゲームでは輝石が盗まれた後、『ホールから何者かが走り去った』情報だけが残る。同じ出来事が起こるなら、いまこの瞬間、あのバルコニーからなら見下ろせる……!)
慌てて手すりから身を乗り出し、下方の庭を覗き込んだ。木々の茂った広大な庭に、何者かの影が走ってゆく。
「おいで。フランチェスカ」
「!」
手すりの上に飛び乗ったレオナルドが、フランチェスカに手を伸ばした。
「レオナルドは残って! この先は、もしかしたら危険かもしれないの」
「それでも君はあいつを追うんだろう? 本当なら君を置いて、俺ひとりで行きたいくらいだ」
「だけど……!!」
「君にはここで待つか、俺と行くかの二択しかない」
「……っ」
レオナルドの手を掴んだ瞬間、恐らくは何かスキルの力で、あっさりと横抱きに抱えられる。
いわゆるお姫さま抱っこの体勢のまま、レオナルドがバルコニーから飛び降りた。
そのまま軽やかに着地して、すぐさまフランチェスカを下ろしてくれる。
「っ、抱えさせてごめんね、レオナルド……!」
「お安い御用だ。行こう」
「うん!」
レオナルドが更なるスキルを重ね、人魂のような灯りを生み出してくれる。人影が去った方へと走りながら、フランチェスカは告げた。
「レオナルドも感じてるかもしれないけど、嫌な予感がするの。あの人を、逃したくない、だけど……!」
「想定される危険はどんなものだ?」
「姿を変えるスキルを使われるかもしれない。それも、子供の姿に!」
「何?」
「それから、輝石が本当に無事なのか分からないこと……!」
「……」
フランチェスカの言葉を聞いて、レオナルドが何か別のスキルを発動した。庭の木々を抜けていくふたりの間に、ホールからのものらしき声が聞こえる。
『ダヴィードは何処に行ったんだい!?』
「ソフィアさんの声……!? レオナルド、これって」
「集音スキルだ。一定の範囲内であれば、こうして音を集められる」
「そんなスキルまで持ってるの!?」
誰もレオナルドを欺けない訳だ。彼がいくつのスキルを持っているかも不明な上に、使う場面の選択が的確すぎる。
フランチェスカが同じスキルを持っていても、レオナルドのように使いこなせるかは自信がなかった。
(だからって無敵な訳じゃない。スキルの使い過ぎは、レオナルドの体調に負担が掛かるんだ)
いまはもう、これ以上のスキルを使わせたくない。そう誓うフランチェスカの耳に、緊迫したソフィアの声が届く。
『もたもたするんじゃないよ、鑑定スキルの結果は!?』
「さすがはソフィアさん! ミストレアルの輝石を鑑定したんだね」
「そのようだな。だが……」
ラニエーリの構成員らしき男の声が、ごくごく小さく震えて紡ぐ。
『――偽物です』
『……なんだって?』
ソフィアが息を呑む気配と共に、フランチェスカも目を丸くした。
『ここにあるミストレアルの輝石は、本物ではありません……!!』
『……っ!!』