140 お披露目
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その日、王都で最も美しく作られたパーティーホールにて、国内外の要人に向けた輝石の『お披露目』が始まった。
滅多に見られない輝石の展示だ。魔灯夜祭の仮装姿で来場した賓客たちは、みんな浮き足だっている。
けれどもそんな中、ホール入り口付近の一部区画は、異様な雰囲気に包まれていた。
「……フランチェスカ」
「レオナルド!」
フランチェスカが大きく手を振れば、何処かで小さな悲鳴が上がる。フランチェスカの隣でバッグを持ってくれているグラツィアーノが、何処か遠い目をして息を吐いた。
海賊の仮装をすると言っていたレオナルドは、上等な仕立ての軍服と羽根のついた三角帽子を被っている。海賊というよりも異国の貴族に見えるのは、彼の容姿や雰囲気の所為だろう。
相変わらず美しいレオナルドは、フランチェスカに微笑み掛けて口上を述べた。
「いつも『体が弱くて』夜会に参加できない君と、共に過ごせるこの夜を喜ぼう。初めての社交界へようこそ、フランチェスカ」
「ありがとう、レオナルド。エスコートしてくれて嬉しい」
「こちらこそ光栄だ。ところで君」
レオナルドは柔らかな微笑みのまま、何処か慎重な様子で尋ねる。
「……その、とっても個性的な格好は?」
「え?」
フランチェスカが首を傾げると、頭に被った着ぐるみの『被り物』が、ごとんと大きく傾いた。
その瞬間に周囲から悲鳴が上がる。不思議に思って下を見ると、着ぐるみから飛び出した目玉が床に落ちていた。
フランチェスカは「いけないいけない」とその目玉を拾い、隣にいるグラツィアーノに渡す。グラツィアーノは相変わらず遠い目のまま、着ぐるみに目玉を付け直してくれた。
グラツィアーノにお礼を言い、そしてレオナルドによく見てもらうべく、フランチェスカは胸を張る。
「これはね、地獄ゾンビちゃんの着ぐるみの頭だよ!」
「地獄ゾンビちゃん」
「そう!」
フランチェスカが頭に被っているのは、『地獄から遊びにやってきた魔灯夜祭のモンスター』を主題に作られた、異形の頭部だった。
片目はぎょろっと上を向き、もう片方の目は垂れ下がっている。頭の上部についている耳は、ウサギともクマとも違う、それでいてふさふさした毛並みのものだ。
ピンクの鼻は可愛らしいが、口の部分についた牙はぎざぎざで、血のような赤い液体が垂れている。そして頭の上には、『友達の魔物』という設定の子ネズミが載っていた。
首から下は、とっても可愛らしい夜会用のドレスだ。裾に蜘蛛の巣の刺繍が入っている以外、外を歩いても問題ない。
今日の目的として、動きにくくない格好をする必要があったため、ドレスについてはこうなった。
「この目玉、もう少し暗いところに行くと、茸から採れた蓄光の染料で光るの」
「…………」
「毎年、うちの魔灯夜祭パーティではよく着るんだ。すごいでしょ!」
「フランチェスカ」
自信満々にそう告げると、レオナルドはにこっと微笑みを作り、フランチェスカの手を取った。
「――――可愛い」
「本当!?」
目を輝かせたフランチェスカに、親友は立て続けの賛辞をくれる。
「フランチェスカはとっても可愛い。どんなときも、本当に可愛い」
「レオナルドはこの着ぐるみの良さ、分かってくれるんだね! 私、普通に可愛いぬいぐるみも好きだけど、こういう気持ち悪くて可愛いのも大好きなんだ。よかったあ!」
「お嬢、よく聞いてください。こいつお嬢『は』の話をしてて、そのヤバい着ぐるみについては言及してないっすよ」
「ところで、俺の可愛いフランチェスカ」
レオナルドはグラツィアーノを遮るように、フランチェスカの顔を覗き込む。この着ぐるみは、黒目の部分が網になっていて、フランチェスカはそこから外を見ることが出来た。
「着ぐるみとは考えたな」
周囲には聞こえない程度の声音で、レオナルドはそっとフランチェスカに囁く。
「頭部を隠す被り物なら、『カルヴィーノ家の娘』として参加した夜会で知人に会っても、君の正体が学院にバレない算段か」
「それでも入場者の照会のときは、別室できっちり身元を証明させられちゃった。顔が見えない仮装は防犯上困るって言ってたけど、私がカルヴィーノ当主の娘だって分かったから、仕方なく許可してもらえたの」
「リストに名前がある人間でも、仮装に気合を入れすぎた何人かは入場を断られていたようだからな。ミストレアルの輝石が対象じゃ、ラニエーリ家の警備にも気合いが入って当然だ」
元はひとつの国だった十の同盟国において、ミストレアルの輝石は大切な宝石だ。
国の安寧を願うための儀式にも使われる石は、各国で五年ずつ保管される。強固な同盟関係の『象徴』たるその石を守り抜くことが、国同士の絆を守る決意と見なされるのだ。
もちろんどの国も、『輝石を守護さえしていれば、国同士がずっと仲良くしていられる』なんて思っていないだろう。
しかし、そう単純な問題でも無いようなのだ。
(輝石が守護できなかった場合、それを口実に同盟国で不利な立場に立たされて、戦争沙汰になってもおかしくない……パパがそんな風に言ってたっけ)
同盟国の関係は、すべてが良好な訳ではない。
レオナルドは笑い、ここから遠く離れたホールの中央、数段高い場所に据えられたショーケースを見遣る。
「ここからの五年間は、この国が輝石を守る番だ。ラニエーリ家当主であるソフィアにとっては、最後の大仕事になるだろう」
ショーケースの傍には、金色の髪を持った美しい女性が立っている。
「――弟のダヴィードに当主を譲る前の、な」
(だからこそ……)
フランチェスカは今日の目的のために、動き始める覚悟を決めた。
「グラツィアーノ、準備を手伝ってくれてありがとう。私はもう大丈夫だから、いつも通りパパの補佐に行ってあげて」
「ですが、お嬢」
グラツィアーノはレオナルドに対し、警戒心を隠さないまなざしを向ける。
「今日はリカルドの紹介もあるし、パパにはグラツィアーノが必要なはずだから。ね?」
「……分かりました」
グラツィアーノは少し拗ねた声で、レオナルドからふいっと視線を逸らした。仲間外れを申し訳なく思いながらも、会場内の様子を探る。
(ゲームシナリオ通り、ダヴィードはここに来ていない。さっき別室で入場者リストを盗み見たときも、警備責任者としてソフィアさんたちの名前はあったけど、ダヴィードの記載は無かった)
レオナルドと一緒にホールを歩きながら、フランチェスカは念の為ダヴィードを探す。周囲の人々が離れて行くのを、レオナルドが楽しそうに眺めていた。
「さて。人の少ない場所に行って、君がこの夜会に来た目的を聞くとしようか」
「その前に、レオナルドは輝石を見なくて平気? 五年間この国に留まるって言っても、展示される機会は滅多にないよ」
「二年生は明日、秋の芸術鑑賞の授業で、あの輝石を見に美術館訪問することになってるだろ? そこで見られる。君と一緒に」
「なんというか、念の為。あのね、レオナルド……」
フランチェスカは小さな声で、レオナルドにそっと告げた。
「あの輝石、今夜盗まれるかもしれないの」
「……へえ?」
レオナルドは面白がるように、目を細めてくすっと笑う。




