137 フラグ
(第三章では、美術品を巡る騒動の中で、幼い子供の姿になった『私』とダヴィードが一緒に行動する)
しかしゲームのダヴィードは、最初はフランチェスカのことを疎み、置いていこうとした。
『ま、待ってくださいダヴィードさん……!』
『うるせー、ついてくんな。悪いが、俺は俺のやりたいように動かせてもらう』
十七歳の男子学生であるダヴィードと、小さな幼児姿になったフランチェスカとでは、そもそも歩幅がまったく合わない。
第三章の序盤では、フランチェスカがそうしたことで苦労するシーンが描かれていた。
『どうして俺が餓鬼の面倒を見なくちゃならねえんだよ。ただでさえ、厄介な事件に直面してるってのに……お前が元のサイズに戻りでもしない限り、俺には全くメリットがない』
『ご、ごめんなさい。……私も、戻り、たいのですが』
子供の体には尺や体力が足りないばかりか、大きな問題がある。
この世界でスキルの力が発現するのは、十歳になってからだ。
つまり、十歳以下の幼い子供になってしまったフランチェスカは、スキルが一切使えなくなるのである。
ゲームのフランチェスカも、弱くて頼りなくなった自分のことを持て余し、途方に暮れてしまっていた。
『……迷惑を掛けて、ごめんなさい……』
『……ちっ』
ゲームのダヴィードは少々困ったような舌打ちのあと、小さなフランチェスカに告げるのだ。
『その泣き顔。美しさの欠片もねーな』
『ご、ごめんなさ……っ』
『来い。チビすけ』
驚いたフランチェスカを前に、ダヴィードの台詞はこう続く。
『泣いている女を放っておくと、俺が姉貴に殺される。……手を繋いでやるから、泣くんじゃねーよ』
『……!!』
ダヴィードと小さなフランチェスカが手を繋ぐ場面は、シナリオ内のスチルにもなっていた。
こうしてゲームの第三章は、ダヴィードと小さなフランチェスカが、元に戻る方法ととある事件の真相を一緒に探す。
(だけど今回こそ、ゲームから大きく展開が変わるんじゃないかな? だって)
校舎の外に出たフランチェスカは、希望を抱いて歩きながら胸を張った。
(――私、子供の姿から大人に戻る方法を、もう知ってるんだもの!)
それこそが、ゲームのフランチェスカとの大きな違いだ。
(小さな子供に変えられてしまった『フランチェスカ』が元に戻る方法は、『真実の気持ちを曝け出す』こと。ゲームでは、突然裏社会の陰謀に巻き込まれた『私』が、自分の気持ちを溜め込んで限界になっちゃう。一章で絆を育むリカルドにも、お世話係として信頼出来るようになるグラツィアーノにも伝えられない)
ゲームのフランチェスカはずっと、本当は怖がっていた。
さびしかったし、逃げ出したかったようだ。
第一章で人々が大勢おかしくなってしまったことも、第二章でグラツィアーノの父が死んだことも、それが自分を狙うレオナルドの所業であることも、本来なら耐え難い出来事だったのだ。
それでも『フランチェスカ』は明るく振る舞い、真摯に事件へと向き合って、出会う人すべてにやさしさを注いだ。
その裏側に隠し込んだ本音を誰かに曝け出し、素直に泣いてみせることこそが、『真実の姿』に戻る条件だったのだ。
(ふふふ。そもそも私……)
金色の落ち葉が積もった中庭を歩きながら、フランチェスカは勝利の笑みを浮かべる。
(――この世界で、なんにも我慢してない!)
握り込んだ両手を掲げ、誇らしげにしたい気持ちを堪えた。
(パパとは仲良しだし、グラツィアーノは頼れる弟分だし、リカルドとも信頼関係を築けてる! ラスボスだったはずのレオナルドとは親友になって、命を狙われることもないし……)
第一にフランチェスカは、裏社会そのものをちっとも恐れていないのだ。
(もちろん、この世界にも懸念はある。――本当の黒幕、『クレスターニ』)
それは、グラツィアーノの父であるサヴィーニ侯爵が、洗脳状態にある中で口にした名前だ。
レオナルドが父と兄を殺した相手として追っている人物は、王都を大きな犯罪に巻き込んだ張本人でもある。
(だけど、クレスターニの存在があることで、私が何かを物凄く溜め込んでいることはない訳だし……)
フランチェスカがこの黒幕に狙われる可能性も十分にあるが、周りには味方が大勢いて、ゲームのような不安に苛まれることはない。
(この世界で、そもそも子供にされないよう動くのは大前提。だけど万が一そうなったとしても、私はありったけの本心を包み隠さず話せばいい。……友達が欲しいとか、友達が欲しいとか、友達が欲しいとか!)
きらきらと瞳を輝かせ、前向きに考えた。
(……そのはず、なのに)
それでもやがてフランチェスカは、そっと俯く。
(どうしてこんなに胸騒ぎが、するんだろ……)
フランチェスカは学んでいる。こうした悪い予感というものは、大体が当たってしまうのだ。
(絶対にフラグだ。こんなに安心安全な状況で嫌な予感がするなんて、何か起きちゃうに決まってる……!)