135 魔灯夜祭
【第3部1章】
『魔灯夜祭』と呼ばれるこの行事は、三百年前の建国よりも遥か昔、この国が大国から分かれるよりも前から続くものなのだそうだ。
医療や衛生学が発展する前、病気や怪我の治療はスキル頼みで、『治す』側の人が圧倒的に足りていなかった。
そのために一度大きな病が流行ると、その死者を中心に新たな死者が出たのだという。
かつてを生きた人々は、『死者が生者を迎えにくる』のだと考えた。
もっとも人が亡くなるのは、病気の感染しやすい冬の季節だ。乏しくなる食糧や寒さによって、人々も弱りやすくなる。
「『冬になると、死者たちが生きた人間を連れてゆく』かあ……」
その朝、学院へと向かう大通りを歩きながら、フランチェスカは何気なく呟いた。
煉瓦造りの街並みには、多くの水路が巡らされている。橋の上から見下ろす水路は、一面に黄色の落ち葉が浮かんでいた。
そんな通学路の隣を歩く『親友』が、フランチェスカの顔を覗き込んで笑う。
「魔灯夜祭の成り立ちか?」
「レオナルド」
昨晩も祭りの為の夜会だったらしいレオナルドは、通学のための早起きなんて平気だという顔をして言った。
「『街が黄金に染まる頃、死者が下見にやってくる。冬に道連れにする生者を選ぶために』」
これだけ聞けば、物騒な印象は否めない。
けれどもそれによって生まれた祭りは、各国で楽しい宴の口実になっている。
「『次の死者として選ばれないよう、死者や醜い化け物として振る舞え。夜に火を灯せ、嘘をつき、魔の者と踊れ――……』」
レオナルドの声で紡がれる伝承は、それだけで詩や歌のようだ。
(前世のハロウィンと、似ているけれど少し違う。とはいっても、日本ではほとんど仮装して楽しむことが主旨のイベントだったから、日本で作られたゲーム世界であるこの国でもそうなんだけどね)
国王ルカと五大ファミリーが守る国は、年中美しい。
春は街路の花々が色鮮やかに咲き誇り、夏は生命力の濃い緑が街中を活気付ける。冬には純白の雪が降る中を、聖夜の飾り付けが賑やかに彩るのだ。
そして秋には、落葉によって金色に染められた街を、仮装で着飾った人々が闊歩する。
けれども朝の眩しさは、『夜』に仕事をした人間にとって、毒にもなるのではないだろうか。たとえば、レオナルドのように。
「……レオナルド、やっぱり疲れてるでしょ」
「ん?」
フランチェスカが尋ねれば、レオナルドはにこっと嬉しそうに微笑んだ。
「なんにも心配はいらないよ、フランチェスカ。君の顔を見るだけで、俺は幸せなんだ」
「そういうことじゃなくて! そもそもいくらアルディーニ家の当主でも、レオナルドはまだ十七歳なんだよ? 家を継いだら成人扱いでも、体はまだまだ育ち盛りのはずなのに」
「っ、ははは! 『育ち盛り』か。子供扱いされてる気分で新鮮だな、さすがは俺のフランチェスカ」
「もーっ!」
レオナルドはなんだか爆笑しているが、れっきとした事実のはずだ。女子高校生だった前世の感覚が残っているフランチェスカにとって、十七歳は大人ではない。
「ちゃんと寝ないと、大きくなれないよ」
「はははっ、はー……確かにそれは困るな。体格は、立派な武器のひとつだし……」
ようやく笑いが収まったらしきレオナルドが、フランチェスカの肩を抱き寄せる。
その直後、フランチェスカたちの目の前を、急ぎ足の馬車が猛スピードで横切った。
「!」
車輪によって、黄色の落ち葉が舞い上がる。
ひらひらと花びらのように落ちてゆく中で、レオナルドがフランチェスカに耳打ちした。
「君を守るための手段は、いくらあっても足りないくらいだ」
「…………」
そうして間近に見上げた微笑みに、フランチェスカはどきりとする。
その美しい微笑みが、何処かさびしそうにも見えたからだ。
(やっぱり、近頃のレオナルド、なんだか……)
フランチェスカは言葉を殺し、代わりに馬車を避けさせてくれたお礼を告げた。
「あ……ありがとう。でも今の、あのまま歩いててもぶつかったりしそうになかったよ?」
「分かってる。だけど万が一、蹴散らされた落ち葉が君に当たったら一大事だろう?」
「まったく一大事じゃない……!」
フランチェスカが戦慄すれば、レオナルドは冗談めかして目を眇めた。その表情に、先ほどまでのさびしさは見当たらない。
けれどもフランチェスカには、分かるのだ。
(――最近のレオナルドは、私に嘘をついている気がする)
どうしてか、フランチェスカにだけは伝えられないとでもいうかのような、深い感情を抱えているように見えた。
(悩んでいるのなら話してほしいけど、無理強いなんて出来る訳がない。『友達』ならなんでも背負わせてって迫るのは、きっと傲慢なことだ)
レオナルドが秘密を持っているのならば、それは間違いなく大きなものだろう。
この世界で『友人』となったフランチェスカのことを、レオナルドは誰よりも信じてくれている。その上で、フランチェスカには話さないと決めているのだ。
(そのことは尊重しなきゃ。レオナルドのためにも)
だからこそ、尋ねる訳にはいかなかった。
(だけど、レオナルドがこんなに切なそうに笑うなんて。そんなときは大体、私を見ていて……)
それを思うと、フランチェスカも胸が痛む。
(やっぱり、私が原因なのかな)
レオナルドに嫌われてるなんて、もちろん思わない。彼の『友情』を、フランチェスカは心から信じられた。
それでも、少しだけ不安になる。