134 嘘つきの夜
【第3部プロローグ】
王都の通りに植えられたイチョウが落葉し、街が晩秋の金色に染まるころ、この国では伝統的な行事が行なわれる。
それは『魔灯夜祭』と呼ばれ、悪い死者を欺くために、生者が幽霊や魔物の仮装をする催しだ。
前世でいうハロウィンにそっくりなこのお祭りは、フランチェスカにとっても楽しみなものだった。今年が何よりも特別な理由は、人生で初めての友達が居るためである。
「――夜分に突然やって来てごめんな、フランチェスカ」
「レオナルド、狼男だ!」
自宅のエントランスホールに降りたフランチェスカは、友人のレオナルドがしている装いに目を輝かせた。
夜会用の正装をしたレオナルドだが、その頭には三角の耳が生えている。ピンで留められたふたつの獣耳が、柔らかな黒髪に馴染んでいた。
「どうしたの? 今日の夜は、タヴァーノ伯爵の夜会にお呼ばれしてるって言ってたのに」
最上級の外見を持つレオナルドは、仮装していなくても注目を浴びる。ただでさえ人目を惹くのだから、参加者たちはレオナルドの到着を楽しみにしているだろう。
けれども当のレオナルドは、どうでもよさそうに笑うのだ。
「君のいない夜会なんて、本当は行かなくて構わないんだ。耳を触るか?」
「うん!」
察したレオナルドが屈んでくれたので、フランチェスカは遠慮なく手を伸ばす。ふわふわで格好良いその耳は、とても手触りが良いものだった。
(前世でやったゲームでも、この時期に開催されていた『魔灯夜祭』。現実世界のハロウィンに合わせたイベントで、キャラクターの特別衣装が入手出来たんだよね)
他にもこちらの世界には、クリスマスやバレンタインなどに類似したイベントも存在する。
どれもゲームのイベント通りだが、こうしてレオナルドの特別な装いが見られるのは、ゲームにはなかった出来事だ。
(なにしろゲームのレオナルドは、入手不可能なヒロインの敵だもん。こうして私の所に遊びに来てくれる『友達』なのが、奇跡みたいなことなんだ)
そんな事実にしみじみと思いを馳せつつ、フランチェスカはレオナルドに告げた。
「仮装を見せに来てくれたのは嬉しいけど、夜会に遅れない? うちのパパもルカさまのご命令で、別の会に呼ばれちゃったの」
「魔灯夜祭の時期の夜会はどれも、夜遅くに開かれるからな。娘のために一刻も早く帰りたい君のお父君にとって、この時期は苦痛だろう」
「……レオナルドだって、大変だよね。朝から学院にも来てるのに、ほとんど毎日夜会があるシーズンだし」
「俺は平気」
フランチェスカに向かって微笑んだレオナルドは、軽い口調で言い放つ。
「悪い死者を欺くために、自分の姿を偽る魔灯夜祭は、俺の性には合っているよ」
「……レオナルド」
「嘘つきだからな。――君の居ない夜会に行きたくないのは、偽りのない本心だが」
そんな台詞を紡いだ癖に、口ぶりはあくまで冗談めかしたものだ。
フランチェスカは少し考えたあと、思い切ってレオナルドに提案する。
「……夜会が嫌なら、うちでこのままパーティする?」
「ははっ! 最高だが、お父君の不在時にそれはやめておこう。当主の許可なく居座ったとあっては、抗争沙汰に発展しそうだ」
「そ、その可能性は否定できない……!!」
それどころかありありと想像が浮かび、フランチェスカは戦慄した。
ただでさえエントランスのあちこちからは、フランチェスカとレオナルドの様子を遠巻きに監視する、構成員たちの視線が突き刺さっている。
父のお供で出掛けたグラツィアーノが居れば、迷わずレオナルドから引き剥がされていたはずだ。
「だけどレオナルド、なるべく無理しないでね? けっこう心配してるんだから」
「心配? どうして」
「だって……」
満月のような金色の瞳を見上げて、フランチェスカはレオナルドの頭を撫でる。
「レオナルド、本当はすごく疲れてるでしょ?」
「!」
それは正解だったらしく、レオナルドが僅かに目を見開いた。
「しんどいなら、学院の方を休んでもいいんだよ。私に会いに来てくれてるのは知ってるけれど、魔灯夜祭シーズンが終わってからも遊べるんだし! レオナルドが辛くないことが、一番大切だよ」
「……フランチェスカ」
「確かにレオナルドは嘘が上手だけど、よく見てればちゃんと分かるの」
フランチェスカは微笑んで、彼に告げる。
「だって、レオナルドは大切な友達だからね!」
「…………」
するとレオナルドが目を細め、フランチェスカに優しいまなざしを向けた。
「――俺と友人であることを、君は心から喜んでくれる」
「もちろんだよ! レオナルドは、私がずっと欲しかった友達だもん! だから……って、わあ!」
フランチェスカが驚いたのは、レオナルドがおもむろに狼の耳を外し、フランチェスカの頭につけてくれたからだ。
「ははっ。その耳、君によく似合ってるな。可愛い」
「ほんと?」
フランチェスカが振り返ると、構成員がすかさず鏡を持って現れた。その素早さに慣れ切ったフランチェスカは、わくわくしながら鏡を覗き込む。
「俺の可愛い、フランチェスカ」
このときレオナルドが呼んでくれた名前は、フランチェスカには聞こえない。
「君にとって大切な友情を、壊すものだと分かっているのに」
とても小さな囁きは、決して届かないように紡がれるのだ。
「好きだよ。…………ごめんな」
***