133 さびしいを埋めるもの(第2部・完)
彼はフランチェスカから少し身を離し、顔を見下ろしてくる。そうかと思えば目を眇め、無垢な子供のような無表情で、フランチェスカをじっと見つめた。
「……赤くなっている」
「だから、恥ずかしいんだってば!」
本当に顔から火が出そうだ。するとレオナルドの美しい指が、火照った耳へと確かめるように触れる。
「俺の所為?」
「っ、う。……そうだよ、レオナルドの所為……」
真っ赤になったまま恨みがましく見上げたら、レオナルドはなんだか幸せそうに笑った。
「――俺の可愛い、フランチェスカ」
「わ……!」
そう言って身を屈め、同じようにフランチェスカの頬へとキスをくれる。
その上でもう一度、フランチェスカのことを抱き締めるのだ。
「やっぱり、君も案外嘘つきだな」
「れ、レオナルド……?」
「『俺の望みは叶えない』と。そうやって、はっきり言ったことがあっただろう?」
そう尋ねられて思い出す。出会ったばかりの頃、フランチェスカは学院で言い放ったのだ。
『私はたぶん、あなたの願いをひとつも叶えないよ。――そのことは、ちゃんと覚えていて』
あのときは、レオナルドに利用されることばかりを警戒していた。だから伝えた言葉なのだが、レオナルドはそれを覚えていたらしい。
「けれどもそれは大きな嘘だ。……君はずっと、俺の願いを叶え続けてくれている」
「…………」
そのことがレオナルドにとってどんな意味を持つのか、フランチェスカには分からない。
けれどもいまは間違いなく、願いを叶えてあげたいと感じていた。自分よりずっと背の高い彼の頭を撫でながら、フランチェスカは尋ねる。
「さびしく、なくなった?」
そうであればいいのにと、心から願う問い掛けだ。
柔らかな黒髪に触れていると、なんだかとても落ち着いた。頬は相変わらず熱いのだが、こうしていること自体は心地が良い。
とはいえフランチェスカが名残惜しくなってしまうのは、少々まずいような気がしていた。現にフランチェスカに甘えるレオナルドは、こうして我が儘を言ってみせる。
「……もっと離れがたくなって、さびしくなった」
「わああ、話が違う……!」
そんなことを嘆きながらも、しばらくの間レオナルドのことをあやし続けるのだ。
「…………」
フランチェスカを抱き締めたレオナルドが、目を伏せて何か考えているということを、このときはまるで気が付いていなかった。
***
ラニエーリ家の女当主であるソフィア・パトリツィア・ラニエーリは、王都にある自身の屋敷でペンを走らせていた。
「――という訳でね。なかなか興味深いお嬢さんだったよ」
執務机の向かいにいる青年にそう話しつつ、必要な書類へのサインを進めてゆく。
「アルディーニが気に入るのも分かるかもしれない。もっと一緒に過ごしてみたかったけれど、今はこのくらいにしておかないとね。忙しくもなる」
今回の一件でラニエーリ家が買収することになったそれぞれの事業は、やり方次第でもっと美しく、大きく成長させられるはずだ。
「なんでもいいけどよ。あの森でここまでの騒動を起こさせて、信用問題に発展するんじゃねーのか?」
「サヴィーニ侯爵がすべて被ってくれたさ。誰がどう見てもうちは利用され、巻き込まれた被害者だ」
ソフィアは最後の確認を終えると、ペンの先を拭って机に置いた。
「アルディーニ辺りは、怪しんでいるかもしれないけれどね」
「は。ラニエーリ家の女当主がこんな無能ぶりを発揮したんじゃあ、わざと問題を放置したように見えてもおかしくねーだろうな」
彼の生意気な口ぶりに笑いながら、煙草に火を付けて味わう。
「あんた、あのお嬢さんに学院で会うことはあるのかい?」
「トロヴァートに? いいや」
「そう。それじゃあ新学期、接触するようによろしく頼んだよ」
「はあ?」
あからさまに不機嫌な返事をされるが、反抗を許すつもりはない。
ソフィアと同じ褐色の肌に、ミモザのような金色の髪を持つこの十七歳は、背丈こそ伸びて立派になった。
精悍で涼しげな顔立ちには、常に険しい表情を浮かべている。不機嫌そうに眉間へと皺を寄せ、口調も乱暴なこの振る舞いは、見る人間によっては恐ろしくも感じるだろう。
けれどもソフィアからしてみれば、彼はまだまだ青二才だ。
「当主の言うことが聞けないのかい? ダヴィード坊や」
「うるせーな。この、横暴姉貴」
ソフィアの弟であるダヴィードは、ソファーで脚を組んでこちらを睨んだ。
「俺は俺のやりたいようにやらせてもらう。アルディーニの婚約者だろうと、知ったことじゃねえ」
(さて)
椅子の肘掛けに頬杖をつき、口紅を塗ったくちびるでソフィアは微笑む。
(これからが、実に楽しみじゃあないか)
【第2部・完】
【ご投票のお願い】
このラノが終わった直後ですが、現在ダ・ヴィンチさまの『今年いちばん良かった本』投票も開催中です!
★ルプなな
★追魔女
★悪虐聖女
★あくまな
の中でお好きな話がもしあれば、是非ともご投票よろしくお願いします!
https://ddnavi.com/bookoftheyear/
【作品リスト】
作者名 雨川透子
◆ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する
◆虐げられた追放王女は、転生した伝説の魔女でした
◆悪虐聖女ですが、愛する旦那さまのお役に立ちたいです。
◆悪党一家の愛娘、転生先も乙女ゲームの極道令嬢でした。