129 守れたもの(第2部最終章・完)
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「わ……っ!!」
フランチェスカも風に煽られ、バランスを崩して倒れそうになる。
割れたステンドグラスの破片が、転ぶ先の床で星のように瞬いた。怪我を覚悟で受け身を取ろうとするものの、転ぶ前に強く抱き締められる。
「ありがとう、レオナルド……!」
「君の望みを叶えるためなら、なんでもする」
フランチェスカを大事そうに腕へと閉じ込めたレオナルドは、静かな声で囁いた。その想いを確かに感じ、フランチェスカは頷く。
「私の守りたいものを守るって、そう思ってくれてるんだよね。だからサヴィーニ侯爵とグラツィアーノに対しても、わざと『荒療治』って……」
「……あそこまで死に掛けるのは想定外だけどな。洗脳された人間から信用できる言葉を絞り出すには、恐らく、極限まで追い詰めるしかない」
リカルドがホールの中に駆け込んで、医者らしき人を誘導してくれている。グラツィアーノはそれを待ちながら、歯痒そうに顔を歪めた。
「幸せだった、って」
先ほど父に告げられた言葉を、グラツィアーノが繰り返す。
「……それは母さんの遺した言葉だ。何も知らないガキだった俺があなたに伝えたくて、伝えられなかった言葉」
(グラツィアーノ……)
「あなたがそれを、最期の言葉として口になんかするな」
「すまなかっ、た」
侯爵がほとんどうわ言のように、グラツィアーノへの謝罪を述べる。
「すまなかった。グラツィアーノ」
「……もういい」
「もっとやり方が、あったのだろうか。私は」
「もういいって言ってんだろ。十分に、分かったから」
医者にその場所を代わりながら、グラツィアーノはぽつりと呟く。
「……俺が母さんに似てるなんて言われたこと、あなた以外には一度もない……」
「グラツィアーノ!」
床に座り込んだグラツィアーノを、フランチェスカは後ろからぎゅっと抱き締めた。
「大丈夫だよ。見て、お医者さんのスキルで傷が塞がってる。きっと治る……!」
「……お嬢」
「大丈夫」
よしよしと頭を撫でながら、初めて会ったときのように『大丈夫』と言い聞かせる。
「侯爵がグラツィアーノを守ったように、グラツィアーノも侯爵を守ったんだよ。――死なないって信じて大丈夫、きっと元気になってくれる……」
「……っ」
グラツィアーノは息を吐くと、フランチェスカのことを振り返る。
その上で、ぐっとフランチェスカを抱き締めた。
「!」
「ありがとうございます。お嬢」
そう言ってすぐに離れたグラツィアーノから、途方に暮れた子供のような雰囲気は消えている。
(……あ)
グラツィアーノはフランチェスカを見て、とてもやさしい笑みを浮かべた。
恐らくはこんな表情が侯爵の言う、彼の母とよく似た面差しなのではないだろうか。グラツィアーノはそれからすぐに冷静な表情で、父の治療をする医者に声を掛けた。
「――先生。何か手伝えることはありますか?」
「ああ、ありがとう。撃たれたときの状況を教えてくれ、銃弾は中に残っているか分かるか?」
「いえ。それは貫通して……」
血だらけのグラツィアーノに抱き締められたので、フランチェスカもあちこち赤く汚れた。
「大丈夫です。出血はひどいですが、助かりますよ」
「……よかった……」
フランチェスカが息を吐き出すと、レオナルドがこちらに手を伸ばし、頬についた血を指で拭ってくれる。
「……侯爵はきっと、サヴィーニ家が黒幕に切り捨てられそうなことを察していたんだね。だからきっと、グラツィアーノに影響が及ばない形で侯爵家を終わらせるために、死ぬまでの期間で準備をしてた」
「そうだろうな。自分の暗殺を依頼するほどに覚悟しておきながら、黒幕からの『死ね』という洗脳に抗って今日まで生きてきたのは、その準備のためだったんだろう」
「侯爵が死んだあと、侯爵家が繁栄しないように。グラツィアーノが探し出されて後継者にされたり、その逆で殺されないように……」
この夜会を催したのも、その準備の一環だったのだろうか。
「この夜は、サヴィーニ家の主要な取引先が集まっての会だった。ここで侯爵が殺されれば、誰もが自分への被害を恐れ、関わりを避けることになるだろうな」
「みんなの前で殺されること。なおかつ暗殺っていう形で死ぬことが、サヴィーニ家を崩壊させてグラツィアーノを遠ざけられる方法だって考えたんだね……」
ゲームのシナリオで、侯爵が誰に殺されたのかは描かれなかった。
けれども恐らく真相は、ゲームの侯爵は自分の依頼した殺し屋に暗殺されたか、黒幕による洗脳で自らを撃ったということになるのだろう。
「侯爵は、洗脳や暗殺から逃げられるかな?」
「真相が分かった以上、あとはルカさまがなんとしても守るだろ。あの人にとって国民は、みんな子供であり孫らしいからな」
「確かに! それなら安心だね」
レオナルドの言葉を聞いて、ようやく心からほっとする。
「よかった。……ちゃんと変えられて、守ることが出来た……」
「……それにしても」
レオナルドはフランチェスカの頬を綺麗にし終えると、今度は先ほどよりも強くぎゅっと抱き寄せてくる。
「俺の前で君を抱き締めるとは。あの番犬、いい度胸をしているな」
「レオナルド」
「一言で恋仇と呼べるなら、まだ対処が楽なんだが。『弟』なんていう立ち位置はどうしようもない」
「んん? なんの話?」
あまり飲み込めずに聞き返すと、顔を上げたレオナルドがフランチェスカに顔を近付ける。
「空気を読んで我慢したから、俺のことを良い子だと褒めてくれ」
「が、我慢はよく分からないけど……」
フランチェスカは手を伸ばし、レオナルドのこともよしよしと撫でた。自分でねだっておきながら、レオナルドは目を丸くする。
「あとでいっぱい『良い子』って言うね。とりあえず今は、この場の後処理を頑張ろう?」
「――そうだな」
レオナルドは幸せそうに笑い、フランチェスカの手に頬を擦り寄せた。
こうしてそこからは駆け付けたソフィアたちと共に、倒れている人々や怪我人の救助に当たったのである。
グラツィアーノの止血などの応急処置が功を奏し、侯爵が無事に持ち直したのを聞いて大喜びしたのは、日付が変わる前の頃合いだった。
【エピローグへ続く】