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129 守れたもの(第2部最終章・完)

【アクスタ付きサイン本、明日8/7正午までのご予約です!】


「わ……っ!!」


 フランチェスカも風に煽られ、バランスを崩して倒れそうになる。

 割れたステンドグラスの破片が、転ぶ先の床で星のように瞬いた。怪我を覚悟で受け身を取ろうとするものの、転ぶ前に強く抱き締められる。


「ありがとう、レオナルド……!」

「君の望みを叶えるためなら、なんでもする」


 フランチェスカを大事そうに腕へと閉じ込めたレオナルドは、静かな声で囁いた。その想いを確かに感じ、フランチェスカは頷く。


「私の守りたいものを守るって、そう思ってくれてるんだよね。だからサヴィーニ侯爵とグラツィアーノに対しても、わざと『荒療治』って……」

「……あそこまで死に掛けるのは想定外だけどな。洗脳された人間から信用できる言葉を絞り出すには、恐らく、極限まで追い詰めるしかない」


 リカルドがホールの中に駆け込んで、医者らしき人を誘導してくれている。グラツィアーノはそれを待ちながら、歯痒そうに顔を歪めた。


「幸せだった、って」


 先ほど父に告げられた言葉を、グラツィアーノが繰り返す。


「……それは母さんの遺した言葉だ。何も知らないガキだった俺があなたに伝えたくて、伝えられなかった言葉」

(グラツィアーノ……)

「あなたがそれを、最期の言葉として口になんかするな」

「すまなかっ、た」


 侯爵がほとんどうわ言のように、グラツィアーノへの謝罪を述べる。


「すまなかった。グラツィアーノ」

「……もういい」

「もっとやり方が、あったのだろうか。私は」

「もういいって言ってんだろ。十分に、分かったから」


 医者にその場所を代わりながら、グラツィアーノはぽつりと呟く。


「……俺が母さんに似てるなんて言われたこと、あなた以外には一度もない……」

「グラツィアーノ!」


 床に座り込んだグラツィアーノを、フランチェスカは後ろからぎゅっと抱き締めた。


「大丈夫だよ。見て、お医者さんのスキルで傷が塞がってる。きっと治る……!」

「……お嬢」

「大丈夫」


 よしよしと頭を撫でながら、初めて会ったときのように『大丈夫』と言い聞かせる。


「侯爵がグラツィアーノを守ったように、グラツィアーノも侯爵を守ったんだよ。――死なないって信じて大丈夫、きっと元気になってくれる……」

「……っ」


 グラツィアーノは息を吐くと、フランチェスカのことを振り返る。

 その上で、ぐっとフランチェスカを抱き締めた。


「!」

「ありがとうございます。お嬢」


 そう言ってすぐに離れたグラツィアーノから、途方に暮れた子供のような雰囲気は消えている。


(……あ)


 グラツィアーノはフランチェスカを見て、とてもやさしい笑みを浮かべた。

 恐らくはこんな表情が侯爵の言う、彼の母とよく似た面差しなのではないだろうか。グラツィアーノはそれからすぐに冷静な表情で、父の治療をする医者に声を掛けた。


「――先生。何か手伝えることはありますか?」

「ああ、ありがとう。撃たれたときの状況を教えてくれ、銃弾は中に残っているか分かるか?」

「いえ。それは貫通して……」


 血だらけのグラツィアーノに抱き締められたので、フランチェスカもあちこち赤く汚れた。


「大丈夫です。出血はひどいですが、助かりますよ」

「……よかった……」


 フランチェスカが息を吐き出すと、レオナルドがこちらに手を伸ばし、頬についた血を指で拭ってくれる。


「……侯爵はきっと、サヴィーニ家が黒幕に切り捨てられそうなことを察していたんだね。だからきっと、グラツィアーノに影響が及ばない形で侯爵家を終わらせるために、死ぬまでの期間で準備をしてた」

「そうだろうな。自分の暗殺を依頼するほどに覚悟しておきながら、黒幕からの『死ね』という洗脳に抗って今日まで生きてきたのは、その準備のためだったんだろう」

「侯爵が死んだあと、侯爵家が繁栄しないように。グラツィアーノが探し出されて後継者にされたり、その逆で殺されないように……」


 この夜会を催したのも、その準備の一環だったのだろうか。


「この夜は、サヴィーニ家の主要な取引先が集まっての会だった。ここで侯爵が殺されれば、誰もが自分への被害を恐れ、関わりを避けることになるだろうな」

「みんなの前で殺されること。なおかつ暗殺っていう形で死ぬことが、サヴィーニ家を崩壊させてグラツィアーノを遠ざけられる方法だって考えたんだね……」


 ゲームのシナリオで、侯爵が誰に殺されたのかは描かれなかった。

 けれども恐らく真相は、ゲームの侯爵は自分の依頼した殺し屋に暗殺されたか、黒幕による洗脳で自らを撃ったということになるのだろう。


「侯爵は、洗脳や暗殺から逃げられるかな?」

「真相が分かった以上、あとはルカさまがなんとしても守るだろ。あの人にとって国民は、みんな子供であり孫らしいからな」

「確かに! それなら安心だね」


 レオナルドの言葉を聞いて、ようやく心からほっとする。


「よかった。……ちゃんと変えられて、守ることが出来た……」

「……それにしても」


 レオナルドはフランチェスカの頬を綺麗にし終えると、今度は先ほどよりも強くぎゅっと抱き寄せてくる。


「俺の前で君を抱き締めるとは。あの番犬、いい度胸をしているな」

「レオナルド」

「一言で恋仇と呼べるなら、まだ対処が楽なんだが。『弟』なんていう立ち位置はどうしようもない」

「んん? なんの話?」


 あまり飲み込めずに聞き返すと、顔を上げたレオナルドがフランチェスカに顔を近付ける。


「空気を読んで我慢したから、俺のことを良い子だと褒めてくれ」

「が、我慢はよく分からないけど……」


 フランチェスカは手を伸ばし、レオナルドのこともよしよしと撫でた。自分でねだっておきながら、レオナルドは目を丸くする。


「あとでいっぱい『良い子』って言うね。とりあえず今は、この場の後処理を頑張ろう?」

「――そうだな」


 レオナルドは幸せそうに笑い、フランチェスカの手に頬を擦り寄せた。


 こうしてそこからは駆け付けたソフィアたちと共に、倒れている人々や怪我人の救助に当たったのである。


 グラツィアーノの止血などの応急処置が功を奏し、侯爵が無事に持ち直したのを聞いて大喜びしたのは、日付が変わる前の頃合いだった。



【エピローグへ続く】

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― 新着の感想 ―
[良い点] グラパパ助かって良かったァァァ! やっぱりレオナルドかっこよすぎ
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