125 狙いの真意
(侯爵の持っているスキルのひとつは、グラツィアーノと同じ身体強化。拘束して閉じ込めてても、目が覚めれば逃げ出せるって分かっていたけど……)
グラツィアーノと同じ色をした侯爵の瞳が、はっきりとこちらを見据えたのが分かる。
自分が暗殺される場所にやってくる理由など、それほど多くはないはずだ。
「まったく。……ようやく私のすべてを終わらせることの出来る、晴れやかな日だというのに」
グラツィアーノを睨み付けるその目付きは、フランチェスカまでもが身構えたくなるほどに冷たいものだった。
侯爵は息子から視線を外すと、続いてレオナルドを失望したように見据えるのだ。
「アルディーニ殿。貴殿はあのとき私の依頼を、受けると言って下さったはずだが?」
「ははっ! 実は生憎、まともな判断がつかなくなっている人間との取引はしない主義なんだ。常日頃からそういう輩を相手にすることも多い分、自衛の処世術は身に付けていてね」
レオナルドの言葉に、侯爵は忌々しそうな顔をする。
「……あのお方が私に死ねと仰る中、随分と『準備』に時間が掛かってしまった。ようやく実行に移せそうだというのに、邪魔をするつもりの人間を全員排除せねばならないようだな」
(準備……?)
侯爵の言葉が引っ掛かるも、同時にやはり洗脳されているのだと実感する。
フランチェスカは数日前から、この疑念が抜けなかったのだ。だからこそ洞穴での雨宿り中、レオナルドに切り出した。
『もし、ね? ……もしも暗殺事件に関わる人が、黒幕に洗脳されていたら……』
暗殺事件に関わる人物で、洗脳されていると最も厄介なのは、サヴィーニ侯爵自身だ。
(侯爵がレオナルドに依頼したのも、自分自身の暗殺。侯爵がレオナルドに『殺してくれ』とはっきり言ったのは、グラツィアーノじゃなくて自分のこと……)
やっぱりレオナルドは嘘をついていなかった。フランチェスカが誤解するように言い方を変え、真実を隠したのだろう。
グラツィアーノは、静かにこちらへ歩いてくる父親を睨み付けながら口を開く。
「あの人は自分で自分を殺すよう、黒幕に洗脳されてたってことか?」
「……恐らくは、それだけじゃあないと思うんだが。これを伝えると、どうにもならなかったときにフランチェスカが泣きそうだからなあ」
「レオナルド。お願い、考えを話して」
レオナルドは肩を竦めたあと、フランチェスカを庇うように歩み出た。
「俺に自分の暗殺を依頼してきたとき、侯爵は至って正気に見えた」
「な……」
グラツィアーノが困惑を見せたが、すぐに身構えて戦闘態勢に移る。
集団洗脳によって支配された娼婦の全員が、床に倒れた男たちの傍に跪いたからだ。
甘えるようにしおらしく寄り添って見せたかと思えば、彼らの上着の内側に、するりと美しい手を滑り込ませる。
その手には銃が握られていた。
すべての娼婦がこちらに向け、銃口を構えて引き金を引く。それでもレオナルドは余裕を崩さず、変わらない声音で言った。
「その予感は恐らく、外れていない」
グラツィアーノが咄嗟に手を伸ばし、フランチェスカを抱き込むように庇ってくれた瞬間に、閃光が走った。
レオナルドのスキルによって、地面が隆起して壁になる。すぐに崩れて土くれとなった塊を、レオナルドは邪魔そうに蹴飛ばしながら続けた。
「サヴィーニは自分の死を望んでいる。黒幕からの洗脳とは無関係に、心からな」
「は……?」
「ただしあくまで表面上は、誰かに殺されたという体裁が必要だった。何故だか分かるか?」
困惑するグラツィアーノはもちろんのこと、フランチェスカにも答えられなかった。レオナルドはそれを見越していたらしく、軽薄な笑みと共に言う。
「――殺されて当然のことをしていた家の、当主だから」
「!!」
再び一斉に銃声が響くも、すべてが的外れの方向に弾が撃ち込まれる。女性たちの腕に巻き付いた蔦が、その銃口を逸らしたのだ。これもまた、レオナルドのスキルだった。
「サヴィーニは自ら望んでの死ではなく、他人に殺されて終わる必要があった。それほどまでに恨まれていることを知らしめれば、気が遠くなるほど繋がりの薄い血縁者が、遺産を目当てに家を継ぐと言い出すこともなくなる――というのもあるが」
娼婦たちは呻き声を上げながら、自らの腕に絡んだ蔦を掻き毟る。
レオナルドは、スキル発動の名残りである光を纏った右手を翳しつつ、グラツィアーノを振り返った。
「自分の死後、息子が家督を継ぐため連れ戻されそうになったとき。……自分の死に方が悲惨であればあるほど、息子が家の異常さに気付きやすくなり、逃げ出すための動機になる」
「……何を、言って……」
フランチェスカを背に庇ったまま、グラツィアーノが呆然とした声を出した。
(もしかして、って思ってたけど)
自然と思い出されるのは、ソフィアから聞いた『昔話』だ。
(ひょっとして、グラツィアーノのお父さんは……)
レオナルドはすぐに視線を前に戻すと、ふっと息を吐き出す。
「さて。そろそろあいつに来てもらわないと、この場の敵を全員殺すようなやり方しか残らなくなるんだが」
他人から奪ったスキルの場合も、連続使用が出来ないという時間制限がある。
レオナルドのスキルが「死んだ相手の最も強いスキルを奪う」という性質な以上、どうしても最上級の攻撃系スキルに偏るのだと以前言っていたのだ。フランチェスカは咄嗟に叫ぶ。
「危ない、レオナルド!!」
「おっと」
蔦から逃れた娼婦たちが、再び引き金に指を掛けた。
レオナルドはそちらに見向きもせず、ホールの入り口の方に目を遣る。
「噂をすれば、来たみたいだな」
「おい、無事か!?」
「……っ!」
飛び込んできたリカルドに、フランチェスカは大きく声を張った。
「ここにいる人たちは、全員味方! リカルドお願い、全体異常解除のスキルを使って!」
「!!」
目を見開いたリカルドが、すかさずスキルを発動させる。
娼婦たちが引き金を引く直前に、ホールのあちこちで短い悲鳴が上がった。
「きゃ……っ」