124 暗殺の対象
フランチェスカの推測が事実であることを、レオナルドが隠す気配はなさそうだ。
それを聞いていたグラツィアーノの双眸が、僅かに揺れる。
「どういう意味ですか、お嬢。それじゃあ、あの人が殺そうとしてるのは……」
混乱するのも当たり前だ。フランチェスカは自分に思い当たる考えを、手探りのまま口にした。
「理由はなんとなく想像がつくの。サヴィーニ家が権力を得てきた歴史の裏には、悪事の痕跡があったよね? だけどその悪いことはどれも、サヴィーニ家が直接実行に移した訳じゃないはずだよ」
「悪事をバレずに行うのは、一種の才能が必要だからな。サヴィーニ家は、実行犯と手を組んだだけの立ち位置なんだろう」
レオナルドは前髪の一房を指先で摘み、癖を直すようにして笑いながら言う。フランチェスカはレオナルドの否定がないことを確かめながら、先を続けた。
「実行犯は、計画の首謀者でもあるのかもしれない。長年サヴィーニ家と一緒に悪事を働いていたとして、それがいまになって不要になったのなら……」
グラツィアーノがはっとしたように、サヴィーニ家の馬車を振り返った。家紋の旗が翻るのを見詰め、独白のように呟く。
「首謀者は、サヴィーニ家当主を口封じのために殺そうとしている……?」
「考えを聞かせて、レオナルド」
レオナルドはずっと、この暗殺事件を解決することそのものではなく、一連の事件における黒幕を探ることを優先していたように見えた。
実際にこの暗殺の首謀者が、レオナルドの追っている黒幕と繋がっている可能性は高い。
フランチェスカだって、この暗殺がゲームシナリオのメインストーリーであることを知っている以上、黒幕との関連は高いと考えていたのである。
だが、きっとそれだけではない。
「侯爵閣下を狙っているのは……」
「――サヴィーニ家と組んでいた犯罪者は、恐らく『黒幕』どもだ。しかしサヴィーニ家は今まさに、切り捨てられようとしている」
「……」
グラツィアーノが拳を握り締めたそのとき、ホールの方からガラスの割れる音が響いた。
「!!」
フランチェスカは振り返り、視界に映った光景に息を呑む。
「これ……」
真っ暗闇であるホールの中は、異様な静寂に支配されていた。
目を凝らして見えてくるのは、床に大勢が倒れている光景だ。先ほどまで混乱し、逃げようとしていたはずの人々が、いつのまにか気を失っている。
反射的に助けに行こうとして、けれどもすぐに踏み止まった。確かに大勢が倒れているのだが、ホールにいるうちの数十人は、だらりと力無い姿勢で立ち尽くしているのだ。
「いまはまだ動かないでくれ。フランチェスカ」
「分かってる……。倒れている人も、ぼんやり立っている人たちも、様子が変」
立ち尽くしている人々は、全員がラニエーリ家の娼婦だった。
彼女たちは床に跪くと、倒れている男性の上着を探り、そこから煙草用らしきマッチを取り出す。
それを擦って、テーブルの上に置かれた燭台の蝋燭に火を灯し始めた。
「消えた灯りを、点け直してるの……?」
「……始まったな」
娼婦たちはドレスの裾をふわふわと泳がせながら、火のついた蝋燭を手に暗闇を歩き回る。幽霊のような足取りだが、重力を感じさせない軽やかさで、あちこちの燭台に火を移していった。
ホール内は瞬く間に明るさを取り戻し、この庭からも光景がよく見えるようになる。火を灯す女性たちの顔付きは、生気がなくてひどく虚ろなものだ。
それを目の当たりにしたグラツィアーノが、嫌悪感を露わに顔を顰める。
「集団洗脳……」
それはまるで、荘厳な儀式のような光景だった。
瑠璃色の絨毯とシャンデリアで彩られたダンスホールに、無数の人々が倒れている様子も。その中で、煌びやかな衣装を纏った娼婦たちが、蝋燭を手にして舞っている様子もだ。
「倒れているのは各国の要人たち、それも全員が高位貴族だ。一方で操られている娼婦たちは、美しくとも身分の低い出自なんだろう」
「レオナルド……」
「洗脳を免れているのは俺たちも同じ。どうやら黒幕殿の集団洗脳は、大人数を同時に操れる分、貴い血を引く人間には通用しないらしいな」
(血の貴さ。つまりゲームでいうところの、レアリティに該当する要素……!)
つまり一定のレアリティ以上には、集団洗脳は通用しないということなのだ。
リカルドの父が洗脳されていた以上、ひとりひとりを洗脳する場合には無関係なのだろう。しかし、こうして大勢が同時に洗脳される状況では、高位貴族なら免れることが出来る。
レオナルドが黙って観察していたのは、それを探るためということだ。
「倒れている連中は、洗脳された娼婦にホール内で気絶させられたかな。あの混乱と暗闇の中だ、大の男でもあっさり倒せただろう」
「レオナルド、悠長なこと言ってないで!」
「いやいや、ゆっくり見物しないか?」
月の色をした双眸を眇め、レオナルドが上着のポケットに両手を入れた。
「敵はどうやら、見せ付けたがっているみたいだぞ。――サヴィーニ侯爵の暗殺を阻みたい君にとって、最も厄介な暗殺者を」
薄明かりに照らされたダンスホールの中央に、ひとりの人物が歩み出る。
すらりとした長身に、それなりの筋肉質さを思わせる体格。茶色の髪と赤い瞳を持ち、フランチェスカにとって馴染み深さを感じさせる顔だちの男性だった。
「やっぱり」
洗脳された娼婦たちが、その男性へ祈るように跪く。かの人こそが侯爵を狙い、殺そうと望んだ、黒幕に洗脳されている人物なのだ。
「サヴィーニ侯爵が殺してほしいと依頼してきたのは、侯爵自身……」
そこに立っていたのは、護衛対象であるサヴィーニ侯爵、まさに本人だった。