123 暗殺の依頼
「これで解決だな。誰も死人が出ることなく、素晴らしい幕引きで何よりだ」
「……レオナルド」
「それじゃあフランチェスカ。君と番犬には、この淑女のエスコートを頼めるか?」
放心状態で座っているイザベラを示しながら、レオナルドが微笑む。
「俺が連れて行ってもいいんだが。フランチェスカの敵だと思うと、うっかり殺したくなるかもしれないからな」
「……」
殺し屋を確保したあとの流れについては、事前に決めておいた通りだった。
ダンスホールを出た先の森には、カルヴィーノとアルディーニ、両家の構成員が待機している。その他にも、国王ルカに遣わされた見届け人が、『任務』の遂行を確認することになっていた。
けれどもフランチェスカは、レオナルドに正面から向かい合う。
「レオナルドはどうするの?」
「ダンスホールは混乱している、それを鎮めるべきだ。それに黒幕が近くに居た場合、集団洗脳のスキルを使われる可能性もあるだろ?」
レオナルドの言う通り、黒幕の洗脳スキルによって、大勢が操られる可能性はあった。実際に、フランチェスカが初めて参加した夜会では、そのスキルによって大変な事態に陥ったのだ。
「あのね、レオナルド」
筋が通っている説明に対し、鵜呑みにせず告げる。
「私、言ったでしょ。レオナルドの嘘を疑わないようにするのは、間違いだったって」
「……ああ。君の言葉はすべて、忘れずに覚えているさ」
「私はレオナルドの嘘に、いまも守られている気がする」
その会話を聞いているグラツィアーノが、怪訝そうに眉根を寄せた。張本人であるレオナルドだけが、余裕の微笑みを崩していない。
「サヴィーニ侯爵を狙っている殺し屋は、イザベラさんひとりだけじゃないよね?」
「な……」
グラツィアーノが目を見開いたが、レオナルドはやはり表情を変えないままだ。
「あのとき、あの人があんなにちょうどよく森の中に現れるのは、不思議だってずっと思ってた」
先日も、レオナルドにそう告げた。
けれどもフランチェスカの言った『あの人』とは、決してイザベラのことではない。
「サヴィーニ閣下はどうしてあのとき、川原に現れたのかな?」
「――――……」
レオナルドの沈黙は、フランチェスカの予想を更に後押しした。父の名前を訝しんだグラツィアーノが、フランチェスカに確かめる。
「どういうことっすか、お嬢。あれはサヴィーニ家の事業で雇ってる人間が、娼婦を無理やり連れて行こうとしたんでしょ? あの人……侯爵閣下はその首尾を確認するために、川原に来たんじゃ」
「いくらお姉さんたちが逃げたからって、普通は侯爵が直々に追い掛けるなんてことしないよ。現に部下の人がお姉さんを追ってたし、侯爵はそれを待てばいいだけのはずだったのに」
あの瞬間に疑問を抱いた理由は、ゲームのシナリオと違っていたからだ。
けれどもこうして突き詰めれば、やっぱり川原での出来事はおかしい。
「侯爵閣下はイザベラさんを探していた。けれどもそれは、イザベラさんを商談に連れて行きたくて、強引に連れ出そうとしていたからじゃない」
「それならなんで、あの人は」
「グラツィアーノに話せていなくてごめんね。侯爵はレオナルドとリカルドに、依頼をしたそうなの」
「依頼?」
グラツィアーノに話せなかったのは、レオナルドのあの口ぶりによって、『グラツィアーノを殺すように依頼された』と解釈できてしまったからだ。
けれども恐らくそうではない。レオナルドはフランチェスカを傷付けないため、わざと誤解させるように説明したのだろう。
「侯爵は、イザベラさんが自分を狙った殺し屋だって気付いてたんじゃないかな……」
「は……? ですがお嬢、それだと」
「だけど部下の人が先に見付けてしまった上、あの川原に私たちがいた所為で、イザベラさんに『実行』させることは出来なかった。だからこれ以上失敗しないよう、手数を増やすために、レオナルドに依頼した……」
本当なら、これだってグラツィアーノには聞かせたくない。けれどグラツィアーノの赤い瞳には、フランチェスカの言葉から逃げない意思が宿っていた。
だとしたら、こちらが逃げる訳にはいかない。
「……レオナルド、教えてくれたよね。『侯爵は、殺して欲しいってはっきり依頼してきた』って」
「ああ。そう話した」
「だけど、サヴィーニ侯爵がレオナルドに『殺してほしい』って依頼したのは、決してグラツィアーノじゃない」
フランチェスカは腹を括り、その人物の名を口にする。
「暗殺対象は――……」
「っ、はは!」
その名を聞いたレオナルドは、首を竦めるように笑った。