121 銃を撃つ者
彼が何かを答える前に、フランチェスカは自らの発言を否定した。
「……ごめんね、いまの聞き方は間違ってた。レオナルドはきっとこの件で、なにひとつ嘘なんてついてないはず」
「へえ?」
「教えてくれた依頼の内容は、『グラツィアーノをサヴィーニ侯爵の傍から完全に排除するように頼まれた』ってことだもん。これは間違いなく、本当なんだと思うんだ」
サヴィーニ家の馬車が森を抜け、ダンスホールに近付いてくる。他の参加者たちもそれに気が付いたのか、賑やかさが増してきた。
「まあ、サヴィーニ侯爵がいらしたわ!」
参加者たちがそれぞれ侯爵を歓迎するために、他の場所にある扉から庭へと降りてくる。フランチェスカはそんな中、レオナルドから視線を外さない。
「その依頼を受けたふりをして、動向を探ってくれていたのもきっと本当。だけど――……」
そのときだった。
「!!」
凄まじい突風が吹き荒れて、ドレスの裾が乱される。その風は建物の周辺だけでなく、ホールの中をも駆け巡った。
「うわ、真っ暗だ!!」
「灯りが消えたぞ!! なんて風だ、すぐに火を……!」
辺りが真っ暗になってからも、フランチェスカとレオナルドの視界は奪われていなかった。
「レオナルド!」
「ああ」
レオナルドが駆け出すのと同時に、フランチェスカも馬車の方に走る。ふたりは既に、この庭の闇に目を慣らした後だ。
そしてもうひとり、他とは異なる行動を起こした人物がいる。
その人物は、着ている衣類の裾をたくしあげて何かを取り出すと、地面に跪いてそれを構えた。
(銃だ……!)
サヴィーニ家の当主の馬車から、長身の男性が降りてくる。銃を構えた人物が引き金を引く気配に、フランチェスカはその名前を叫んだ。
「――……っ、イザベラさん!!」
辺りに銃声が鳴り響く。
娼婦のイザベラが撃ったと同時に、どさりと男性が倒れた。その胸元に付けられていたサヴィーニ侯爵のブローチが、月の光に反射する。
「……あらあら、フランチェスカちゃん」
銃を手にしたイザベラは、冷たい目でフランチェスカを見遣った。
「なんだか私が撃ったことに、あんまり驚いてくれないのね?」
「……っ」
他の参加者や娼婦たちは、突然の銃声に驚いて騒然としている。
「今の音はなんだ!? まさかサヴィーニ侯爵閣下が撃たれたのか!?」
「きゃああああっ、誰か!! 誰かお医者さまを、早く呼んで!!」
「撃ったのは誰だ、まだこの近くにいるかもしれないぞ!!」
「くそ、暗くてよく見えない……!! 早く逃げろ、俺たちも殺される!!」
ひどい混乱と悲鳴の中、フランチェスカはイザベラを見据える。
「――イザベラさんの過去を、調べさせていただきました」
レオナルドが体調を崩した日、調べて欲しい内容を紙に書いてグラツィアーノに渡した。フランチェスカがそうやってイザベラを調べたのは、引っ掛かる点があったからだ。
「やっぱり違和感があったんです。私が襲撃されたとき、イザベラさんがあの森に現れたこと」
そう告げると、長い睫毛に縁取られたイザベラの双眸が細められた。
「イザベラさんはあのとき、轍を辿って来たと言っていたのに。あの辺りの森は、地面が強固に固められていて、轍が付くはずもなくて……」
現にあの翌日、襲撃場所を見に行ってくれたリカルドの靴は、ぴかぴかに輝いたままだった。
そしてフランチェスカが落ちたのは、あの雨が降り出す前だ。雨が降ったあとにも靴に土汚れすらつかない一帯に、青天時の馬車の轍が残るはずもない。
フランチェスカはそれに気が付いたあと、リカルドと一緒にそれを見に行って確かめている。そのため別荘に戻るのが夕刻になってしまったが、違和感は確信に変わった。
「私が襲われたのは、私が通るはずの道から外れた場所だったのに。イザベラさんがあのとき、それほど迷わずに私の所に来てくれたのが、落ちた後からずっと疑問でした」
「フランチェスカ。そんなに丁寧な説明をしてやる義理はないんじゃないか?」
レオナルドはフランチェスカの肩を抱き、守るようにしながら笑う。
「『怖くて森の中を逃げ回って、助けを呼ぶのに時間が掛かった』というのも嘘だ。最初から信じる気はなかったが、そんな小細工の所為でフランチェスカが凍えたと思うと虫唾が走る」
「ひどいわ。アルディーニ家の当主さまともあろうお方が、女性を信じてくれないの?」
「それならあなたを追ったはずの不届き者は、どうしていまあんたを殺しに来ない?」
「!」
レオナルドの問い掛けに、イザベラは口を噤んだ。
「殺す理由が無いからだ。フランチェスカを襲った連中とあなたとは、敵対しない関係にある」