116 敵の目的
フランチェスカはそこからすぐに、レオナルドに伝えるための言葉を紡いだ。
「あのね。守られてるって感じるの」
先ほど話してくれた事情に、なんの引っ掛かりもなかったはずだ。けれども違和感を覚えたのは、それこそが理由なのだった。
「どうしてもレオナルドが、私のために嘘を吐いているような気がする……」
「……」
その予感は、きっと的中していたのではないだろうか。
何故なら次の瞬間、抱き締めていたフランチェスカの体を離したレオナルドが、上半身を起こしたからだ。
「レオナルド?」
「君は」
ほとんど覆い被さられるような体勢だ。レオナルドの表情から笑みが消え、静かなまなざしが向けられる。
長い睫毛に縁取られた双眸が、ゆっくりと伏せられた。
「俺に守られるのは嫌?」
「……」
レオナルドは、フランチェスカの瞳を静かに見詰めていた。
瞬きを繰り返したフランチェスカは、迷わずに手を伸ばす。レオナルドがどんな感情を抱いているのか、それが分かった気がしたからだ。
「!」
両方の手で、レオナルドの頭をよしよしと撫でる。
そして、彼を見上げながらこう尋ねた。
「もしかして今、レオナルドはさびしい?」
「…………」
やっぱり今のレオナルドは、本調子では無いのだと感じる。
だっていつもの彼ならば、ここで不敵に笑っていたはずだ。けれどもそうではなく、何も取り繕わない無表情のまま、やっぱりフランチェスカを抱き締めるのだ。
「さびしくないさ。我が親友」
「本当に?」
「本当」
これも嘘だと悟りながら、フランチェスカはレオナルドに腕を回す。
(レオナルドを疑わなかったことは、本当に反省しなくちゃいけない。レオナルドだって洗脳されて、私の敵に回る可能性もある。それに、私はちゃんと考慮しなきゃいけなかったんだ)
そんな風に自責しながら、レオナルドの頭を撫でた。
(レオナルドがゲームで持っていた役割と、この世界の関連性について)
どうしてゲームのレオナルドが、黒幕であるかのように振る舞えたのか。
それは逆に言えば、ゲームシナリオの黒幕が、レオナルドに関連した動きを取っていたからだ。
「レオナルドの考えを聞かせて。馬車への襲撃で狙われたのは、グラツィアーノじゃなくて私だって判断してるんだよね?」
「……」
「そして、私が狙われたその理由は……」
馬車の襲撃イベントは、ゲームシナリオでも発生するのである。
ゲームでは、『ラスボスのレオナルドが、フランチェスカを殺すために仕向けた』という形で描かれるものだ。
この世界のフランチェスカは、レオナルドがそんなことをしないと知っている。
だから無意識に、この世界で起きた襲撃には、レオナルドが一切関与していないものとして考えようとしていた。
(けれども多分、ゲーム世界でもこの世界でも、襲撃の発生理由は変わっていない)
フランチェスカは、自分に覆い被さるようにして顔を伏せたレオナルドを、改めてぎゅうっと抱き締めて言う。
「黒幕の目的が、レオナルドだから」
「――――……」
そう考えれば、たくさんのことが繋がるのだ。
(ゲーム世界のレオナルドは、主人公のフランチェスカを殺そうとしていた。それはきっと、私の持っている固有スキルを、レオナルドのスキルで奪うため)
レオナルドのスキルは、相手の死体に触れてスキルを奪い、生前の親交度に比例した強さで使用出来るというものだ。
フランチェスカを殺そうとしたのは、スキルを奪う目的だろう。その一方で、本気で殺そうとすれば容易かったはずだ。
それでもすぐに殺さなかったのは、時間を掛けて少しずつ追い詰めていく過程の中、歪んだ形で親交を深めようとしていた可能性がある。
(レオナルドが命を狙いながら、すぐに殺さずに手のひらで転がしていた女の子。ゲームの主人公フランチェスカも、外からはレオナルドの『特別』に見えていたっておかしくない)
それを踏まえて、この世界ではもっと単純だ。
(この世界の私とレオナルドは友達で、レオナルドは私への友情をずっと示してくれている。私がレオナルドの『特別』だっていうことは、自惚れじゃない自信があるもの)
つまりどちらの世界でも、フランチェスカはレオナルドに対する『餌』となるのだ。
「襲撃のとき、黒幕側の人が助けてくれた理由だって想像できるよ。今回はあくまでお試しで、レオナルドにとって私がどのくらい大事なものなのかを確かめる、その程度の襲撃だったんじゃないかな」
「……」
フランチェスカの使い道は、恐らくもっと先にあるのではないだろうか。黒幕はその計画のため、事前に確認をしたように思えるのだ。
「私を助けるために、レオナルドのスキルが知られちゃったかもしれない。……私の存在が、レオナルドの弱味になるかもしれない……」
「……フランチェスカ」
昨日の洞穴で、グラツィアーノがフランチェスカに謝った理由もよく分かる。
自分が誰かの重荷になることは、とても恐ろしいものだ。
「レオナルド、ごめんなさ……」
「ごめんな。俺の愛しいフランチェスカ」
「!」
懺悔の言葉に重ねられて、フランチェスカは瞬きをした。
抱き締めていたレオナルドの体が離れ、覆い被さる体勢のまま上から見下ろされる。窓から差し込んでいた夕焼けの橙色は、ほとんど薄闇に近付いていた。
「あいつと違って。……俺は、君のために傍から離れる誓いなんて立ててやれない」
「……レオナルド……」