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111 ふたつめのスキル


「いま俺とお嬢が話してんすけど?」

「だいぶ譲ってやっただろ。これ以上はフランチェスカが風邪を引く」


 グラツィアーノは押し黙るが、フランチェスカには異論があった。


「私だけじゃなくふたりもだよ! 内緒にしたい話は終わったし、上に戻ろう。この襲撃でなんとなく分かったこともあるし」

「じゃあひとまず、俺が転移で上に戻って人を呼んで来ます。着替えと雨具もすぐにお持ちするんで、お嬢はもう少しここで……」

「待って、グラツィアーノ」


 フランチェスカがグラツィアーノの手を掴むと、グラツィアーノがぎょっとしたように目を丸くする。


「お、お嬢?」

「さっき話した私のスキル。グラツィアーノに使ってもいい?」


 尋ねると納得したようで、グラツィアーノはすぐに頷く。お礼を言い、グラツィアーノの手に触れたまま目を閉じた。


(『主人公』フランチェスカの持つスキルのうち、これがふたつめ――……)


 意識を集中させると、真っ暗な視界に紋様が浮かび上がる。カルヴィーノ家の家紋を表す赤薔薇が、赤い光を放って消えた。


「っ、これは……」


 強い力が迸ったのを、グラツィアーノも感じたのだろう。傍で見ていたレオナルドが、興味深そうに微笑んで言う。


「これは、俺に使った『強化』じゃないな」

「うん。このスキルは、単純にスキルの力を増強させるものじゃなくて……」


 能力が馴染むのを確かめるかのように、グラツィアーノがぐっと拳を握り込む。


「――『進化』させるもの。これでグラツィアーノは、転移スキルで自分が転移するだけじゃなく、もうひとり同時に転移させられるはずだよ」

「……『スキルを進化させるためのスキル』……」


 レオナルドがぽつりと小さく呟いた。

 強化のスキル同様に、このスキルもフランチェスカの固有スキルだ。この世界では他に持つ人がいない、育成ゲームの主人公としての力だった。


(強化スキルでは、転移で飛べる範囲が長くなるだけだからね。いまの状況だと人数を増やせた方がいいはず)


 グラツィアーノのスキルがどう進化するかは、ゲームの知識で予想がついている。反対に、レオナルドのスキルを進化させた場合は未知数だ。


「フランチェスカはすごいな。強化や進化は一段階だけなのか?」

「ううん、強化は全部で十段階あるの。だけどなにも使わずに強化できるのは、最初の一段階目だけなんだ」


 これ以上強化しようとした場合、ゲームでいうところの『素材』が必要になる。けれどもその素材こそが、入手難易度の高いものばかりなのだ。


(大量の宝石とか、古代に使われた銀の銃弾とか、他にもよく分からない骨董品とか……。何が怖いって、私が必要だって言ったらみんな全力で掻き集めてくれそうなところ……!)


 だからそれは口に出さず、グラツィアーノを見上げる。


「それじゃあレオナルドとグラツィアーノ。ふたりが一緒に転移してくれる?」

「……は?」


 レオナルドとグラツィアーノの声が綺麗に揃った。ふたりから同時に見下ろされて、フランチェスカは両手でのガッツポーズをする。


「暗殺事件に動きがあったんだし、次の行動に移らなきゃ! そのためにはまずレオナルドが上に戻ってくれないと、アルディーニ家の人たちに指示を出せないでしょ?」

「……」

「…………」

「グラツィアーノだってずぶ濡れで、お風呂に入らないと風邪引いちゃう。小さい頃すぐ熱出してたんだし、レオナルドを手伝う人手も必要だから。私は雨も止みそうだし、止んだら自力で――……」


 レオナルドとグラツィアーノは、お互いの顔を見て溜め息をつく。


「――番犬」

「言われるまでもないです。行きますよ、お嬢」

「え? ……うわああっ、グラツィア……ッ!!」


 フランチェスカの悲鳴は、生まれて初めての転移によって吸い込まれるように消えたため、洞穴の中に響き渡ることはなかった。




***



 グラツィアーノが、崖下のフランチェスカを転移スキルで連れ帰ってから、しばらく時間が経ったころのことだ。


「っ、はあ……」


 短い時間での入浴を終えたグラツィアーノは、まだ乾いていない頭をがしがしとタオルで拭きながら息を吐いた。


 強い疲労感に苛まれているのは、フランチェスカに進化させてもらったスキルを使った反動では無いだろう。

 フランチェスカが襲われて落ちたと聞いたときのことを思い出すと、心臓が凍りそうになる。そしてそれと同じくらい、強烈に刻みつけられた言葉があった。


『弟分が危なくないよう配慮するのは、お姉ちゃんとして当たり前のことなんだから……!!』

『……!』


 幼い頃からずっと同じ、迷いがなく力強い声音だった。

 フランチェスカに抱き締められ、確かな居場所をもらえたことが、グラツィアーノの人生にどれほど影響を与えたかの自覚はあるのだろうか。


(……あの人に何かあったら、俺も死ぬ……)


 そんな思いでいっぱいになりながら、ラニエーリ家に借りている別荘の階段を降りる。その途中、ちょうどいま帰ってきた男と鉢合わせた。


 アルディーニ家の当主である黒髪の男が、エントランスで濡れた上着を脱いでいる。


「今日はよくお前と偶然会うな、番犬」

「……あんた、ようやく今戻ったんすか」


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