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109 懺悔



 畏まった口調で頭を下げられて、フランチェスカは困惑する。ひとまずこんな雨の中、グラツィアーノに片膝を付かせたままでいる訳にはいかない。


「た、立ってよグラツィアーノ! どうして謝るの? もしかして護衛として?」


 フランチェスカは、彼の腕をぐいぐい引っ張りながら尋ねた。


 グラツィアーノは構成員だが、フランチェスカの世話係という役割も与えられている。カルヴィーノ家に引き取られたばかりの頃、大人たちがそう決めたのだ。


 グラツィアーノは小さな子供だったが、ただの居候であるよりも、役割を与えられた方が居心地が良いだろうと考えられてのことだった。


「グラツィアーノが謝る必要なんて無い! 今回のことは私がひとりで巻き込まれて、グラツィアーノは傍に居なかったんだし、それに……」

「違います」

「!」


 フランチェスカの言葉を遮り、グラツィアーノが頭を下げたまま言う。


「それも不甲斐なく感じていますが、もっと根本的な問題で。……お嬢さまが狙われたのは、俺が原因かもしれません」

「!」


 そんな風に言われてぎくりとする。

 フランチェスカがひとりで馬車に乗った理由については、確かにグラツィアーノが関わっているのだ。


(ゲームシナリオの通りになれば、グラツィアーノが私を庇って撃たれちゃう。それを防ぐために私だけでイベントを進めた、そんな事実はあるけれど……)


 とはいえ、グラツィアーノがその思惑に気が付いていたはずもない。


「どうしてそんな風に思うの?」


 両手でグラツィアーノの腕を引っ張っても、やっぱりびくともしなかった。雨は小降りになっているものの、このままでは弟分が風邪を引いてしまう。


「グラツィアーノ!」

「……俺が、サヴィーニ家の血を引いているから」

「!」


 グラツィアーノの濡れた髪から、雨の雫がこめかみを伝う。


「誰もが一目で分かるくらい、どうしようもなくあの人の息子だから。存在を隠したい息子が現れたとき、あの人が何を危惧するのかを想像しきれていませんでした」

「それは……」

「とうの昔に捨てた子供が、いまさら後継者の座を狙って現れたと映ってもおかしくありません。サヴィーニ家がしてきたことを踏まえれば、邪魔な人間を強引に排除することも分かり切っています」


 フランチェスカはレオナルドを振り返る。肩を竦めたレオナルドは、当然その可能性に気が付いていたのだ。


「君の番犬の言う通りじゃないか? 侯爵によく似たその顔でうろつけば、あの家の隠し子だと喧伝して回るようなものだ」


 再び見下ろしたグラツィアーノは、冷静なふりをした声で続ける。


「国王陛下……ルカさまから暗殺を防ぐようご命令いただいたときに、ちゃんと理解しておくべきだったんです。それなのに、俺の中には確かに妙な意地があって、その所為で引き下がれませんでした」

「グラツィアーノ……」


 彼がまだ肩で息をしているのは、必死にここまで走ってきたのだろう。

 転移のスキルを使わなかったのは恐らく、連続して何度も使えないという時間制限があるからだ。フランチェスカを見付けた後に転移で助けが呼べるよう、温存するつもりだったからに違いない。


(サヴィーニ侯爵がグラツィアーノを殺そうとして、黒幕にそれを指示した?)


 フランチェスカはグラツィアーノの言葉を反芻し、声には出さずに考える。


(確かにその仮定なら、ゲームシナリオとも矛盾しない。暴漢たちの狙いが私だと思わせておいて、『黒幕』が本当に狙っていたのは、侯爵に依頼されたグラツィアーノ……?)


 ただの構成員であるグラツィアーノだけを襲撃すれば、それは不自然で勘繰られる。フランチェスカが狙われたのは、隠れ蓑だったということなのだろうか。


(グラツィアーノが私の従者だってことは、川原でグラツィアーノのお父さんに伝えてる。普通に考えれば、私の外出時にグラツィアーノが同行しているはずで……けれど黒幕にとっては想定外、馬車に乗っていたのは私だけだったから、私をスキルで助けてくれた?)


 そんな考えが瞬時に巡る。けれども今のフランチェスカには、目の前にもっと重要な問題があった。


「――俺がお嬢さまの傍にいると、また危険な目に遭わせてしまうかもしれません」


 グラツィアーノの呟いた言葉に、フランチェスカは息を呑む。


「だったら俺は。……これ以上、あんたと一緒に居ない方が――……」

「それは、絶対に違う!」

「!!」


 その言葉を最後まで言わせたくなくて、フランチェスカは大きな声を出した。

 驚いて顔を上げたグラツィアーノの、赤い色をした瞳が揺れる。フランチェスカは自分の不甲斐なさを押し殺し、まずはグラツィアーノに必死に説いた。


「初めて会った時に言ったでしょ!? みんながあなたを守るって。私もそうだって!」

「……お嬢」

「わーっもう、やっぱり雨に濡れるのはよくないよ!! 寒いと悪い考えばかり浮かんじゃう。とりあえず立って、こっちに来て!!」


 立ち上がったフランチェスカは、改めてグラツィアーノの腕を引っ張った。


「お父さんの危険に気付かなかった責任は、グラツィアーノじゃなくて私にあるはずでしょ!」

「……いえ。お嬢さまが責任を負われることなんて、なにひとつ」

「あるよ! グラツィアーノがうちの構成員で、私が当主の娘だってことも理由になる。だけど、それ以上に……」


 全力でグラツィアーノの腕を引きながら、フランチェスカはこう告げた。


「弟分が危なくないよう配慮するのは、お姉ちゃんとして当たり前のことなんだから……!!」

「……!」


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