107 月の光
フランチェスカは何処か途方に暮れたような気持ちで、ふるふると首を横に振る。
「そうじゃないよ、レオナルド」
髪から透明な雫が落ち、星みたいに瞬いた。
「助けてもらってるのは私の方だもん。レオナルドは、ずっと」
「俺の持ち得る献身を全て捧げたって、君のくれる光の眩さには及ばない。……敵うはずもない」
レオナルドはそう言って、祈りにも近しい言葉を重ねる。
「もちろん時々、恐ろしくもなるんだ」
「……?」
フランチェスカを抱き寄せるレオナルドの腕に、縋るような力が込められた。
「世界で誰より強い力を手にしたって、君を守るためには足りないように思える。君はきっと、平気で誰かを庇って死ぬ側の人間だから」
「っ、それは……」
告げられて、前世のことを思い出す。
フランチェスカは撃たれそうになった祖父を庇い、そうして命を落としたのだ。
幼い頃、父と兄に庇われて生き延びたというレオナルドは、フランチェスカの前世を見抜いているかのようだった。
「君が君である限り、そうすることは止められないんだろう?」
「……レオナルド」
「周りの人間を平気で置いていく。君はそんな、やさしくて残酷な女の子だ」
彼がそんな風に考えていたことを、フランチェスカは初めて知った。
「ごめんね。やっぱり私、心配ばっかり掛け……」
「だが」
降りしきる土砂降りの中においても、レオナルドの声ははっきりと耳に届く。
「――だからこそ君は、大切なものを必ず守り抜く力を持っている」
「……!」
そう告げられたことに、フランチェスカは思わず息を呑んだ。
「……ほんとうに?」
レオナルドが話してくれたことには、何かの根拠がある訳ではない。
それでもフランチェスカの心臓に、冷え切っていたはずの指先に、レオナルドの分けてくれた温かさが巡り始める。
「レオナルドが私のことを、そんな風に言ってくれるの?」
「当然だろう?」
レオナルドの手が、フランチェスカの頬を撫でた。
「だって君は、俺にとって唯一の眩い光だ」
「……!」
見上げたレオナルドの双眸は、穏やかな月の金色だった。
真っ暗な中でも明るく輝き、見守るように道を照らしてくれる、そんな月光を宿した瞳だ。
「君を守り切れるかという点では、俺自身ですら信用出来ない。だからこそ俺は、自分以外の誰にも君を守らせたくなかった」
「ん……っ」
フランチェスカの濡れたまなじりに、レオナルドが軽い口付けを落とす。
「だが考えを改める。どうやら君を幸せにするには、あらゆる存在を利用する必要がありそうだからな」
「利用……?」
「君を生かして守ろうとするものが他に居るのなら、そのすべての力を使ってでも。それが君を狙う人間の力だろうが、誰のものであろうが関係ない」
レオナルドのくちびるが、フランチェスカの額にそっとキスをした。
「君と、君の守りたいものを守れるように。君のその眩い力があれば、俺はなんだって出来る」
息を呑んだフランチェスカを見下ろして、レオナルドはやさしく微笑むのだ。
「――君の望まない運命は、俺が必ず変えてあげるから」
「……!」
そんな誓いを紡がれて、フランチェスカは思い知る。
(シナリオを変えられなくて当然だ。……誰かの運命を、私がひとりで変えられる訳がないんだから)
主人公としての責務なんかに気を取られて、そんなことにも気付けなかった。
(レオナルドの言う通り。誰かを幸せにしたいなら、私だけで戦おうとしちゃいけなかった)
守りたい人がいるのなら、その人を無理に巻き込んででも。そうやって、結末を変えるために足掻く必要があるのだ。
「……ありがとう、レオナルド」
頬に添えられたレオナルドの手に、自分自身の手を重ねる。
「やっぱり助けてもらってる」
「言ったはずだ、俺の方が君に救われていると。……それに」
「?」
首を傾げたフランチェスカに、レオナルドは悪戯っぽく微笑んだ。
「君は俺の大切な婚約者であり、たったひとりの親友だろう?」
「……!」
嬉しい言葉を掛けてもらい、喜びのまま笑顔で頷こうとする。
「っ、うん……!」
けれどもそれは、上手くいかなかった。
「……う……」
喜びや安堵や温かさに、ずっと我慢していたものが決壊しそうになる。
「あれ。……なんだろう、変だな、嬉しいのに……」
「…………」
くしゃくしゃに顔を歪めたフランチェスカのことを、レオナルドがやさしい手付きで抱き寄せてくれた。
「こっちにおいで。フランチェスカ」
「…………!」
フランチェスカは手を伸ばし、レオナルドにぎゅっとしがみつく。
「っ、うわああん……!!」
「よしよし。……ちゃんと泣けて、君は偉いな」
それからしばらくのあいだ、フランチェスカの涙が止まるまで、レオナルドはフランチェスカを甘やかすように撫で続けてくれたのだった。
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