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105 影の人物


「……」


 レオナルドはフランチェスカを一度離すと、洞穴の出口を振り返った。


「さて」


 その声音は、つい先程までとは全く違って軽やかだ。レオナルドが先に切り替えてしまったので、フランチェスカは何も言えなくなる。


「早く安全な場所に連れて行ってやりたいが、この雨に打たれながら移動させる訳には行かないな。狼煙を見た奴が雨具を持って迎えに来るか、雨が止むのを待とう」

「ごめん。レオナルドまで巻き込んじゃった」

「何故謝るんだ? 俺は君に巻き込まれて、ぐちゃぐちゃに引っ掻き回されたいのに」


 そんなことを言いながら、彼は濡れた上着のボタンを外してゆく。


「もっとも。今回みたいに、君に危険が及ぶことだけは勘弁してほしいが」

「!」


 フランチェスカの肩に、レオナルドの上着が掛けられた。


 たとえ濡れているとはいえ、フランチェスカのドレスよりもずっと温かい。けれどもこんな天気の中では、それに甘える訳にはいかなかった。


「駄目だよレオナルド、借りられない。レオナルドだってシャツまで濡れてるし、寒いでしょ?」

「どうかそのまま着ていてくれ。お願いだから」

「でも……」

「あー………。フランチェスカ」


 レオナルドは何処か気まずそうに目を瞑る。こんな彼の表情は、とても珍しいものだ。

 レオナルドは中指で、彼自身の胸元をとんっと叩く。


「……俺の為にも」

「?」


 どんな意味を持つ仕草か分からずに、フランチェスカは首を傾げた。そのあとでふと気が付いて、自分自身の胸元を見下ろす。


「……あ!!」


 夏用の薄いドレスが、雨で濡れて肌に張り付いていた。

 中に着た黒いキャミソールドレスの肩紐や、それでも肌色に透けた谷間の辺りを透かしている。レオナルドはこれを隠すために、上着を貸してくれたのだ。


「うわあ! 本当にごめんなさい、変なこと気にさせちゃった……!!」

「良い子だ。そのまましっかり上着を羽織って、肌蹴ないようしっかり押さえておいてくれ……」

「う、うん」


 レオナルドの上着はぶかぶかで、ボタンを留めても隠れない。フランチェスカはその上着を体に巻き付けるように抱き締め、こくこくと頷いた。


「隠せたか?」

「隠せました!」

「はー……」


 レオナルドが溜め息をつき、フランチェスカは申し訳なくなる。


「ごめんね、レオナルド」

「君は謝らなくていいよ。これは俺の問題」

「?」

「あとはここでじっとして、少しでも体力を温存しよう。ふかふかのソファーでもあればよかったんだがな」

「……たくさん助けてくれてありがとう。あのね、レオナルド」


 フランチェスカは、レオナルドに会えたら聞きたかったことがあったのだ。


(私がお姉さんを庇おうとして、撃たれかけたとき。誰かがスキルで助けてくれたから、怪我をせずに済んだ)


 最初はレオナルドかと思ったものの、その後で別人のように感じたのだ。

 それはあくまで予感にしか過ぎず、きちんとレオナルドに確かめるつもりだった。けれどもレオナルドの様子を見ていたら、やはりあのとき近くにはいなかったと確信できる。


「実はさっき、崖から落ちる前にあった出来事なんだけど――……」


 そうしてフランチェスカが話し始めたことを、レオナルドは静かに聞いていた。

 少しでもレオナルドのヒントになるよう、なるべく丁寧に状況を伝える。フランチェスカの主観が混じるところにはその注釈を付け足しつつ、謎の人物についての説明を終えた。


「……陰から見ていた人間が、そうやって君を助けた」

「うん」


 フランチェスカは頷きつつ、念の為に尋ねる。


「誰かが私に内緒で護衛を付けていたとか、そういう訳じゃないんだよね?」

「そうであれば君が落ちた後、もっと迅速に情報が回ってきたはずだ。ラニエーリ家の娼婦は、逃げながらも森の中で何度も足を取られ、なかなか別荘に辿り着かなかったらしい」

「……私を襲ってきた人たちは? 全部で四人いて、三人は気絶させられたはずなの」

「その三人は森の中で見付かった。――残るひとりは多分逃げたが、どんな手段を使ってでも追い詰める」


 情報を聞き出すためには殺さないはずだが、レオナルドの言葉に冷ややかさを感じた。心配になりつつも、今は本題を続ける。


「そのスキルを使った人のことを、少し気にしていてほしいんだ。根拠は説明しない方がいいと思うんだけど、その人はきっと……」

「――恐らくは、俺が探す人物に近い」


 レオナルドの言葉に、フランチェスカは目を伏せた。


(この王都に薬物を流通させて、リカルドのお父さんを洗脳した人物。ゲーム世界のシナリオで、ラスボスだと見せ掛けられていたレオナルドの陰に隠れた『黒幕』……)


 そしてレオナルドは、こうも考えているのである。


(七年前、レオナルドのお父さんとお兄さんが敵対ファミリーに裏切られて殺された、その事件の糸を引いた可能性が高い存在)


 先ほどフランチェスカを助けた存在は、その黒幕側の人物ではないだろうか。


(私がそう予感した理由は簡単だ。グラツィアーノのお父さんが殺される暗殺事件は、ゲームシナリオのメインストーリーだもん)


 ゲームではレオナルドの思惑とされていたが、そうでないことはもう知っている。

 だとしたら、この暗殺事件は黒幕の関わる問題だろう。


(現場となるこの森にいて、強力なスキルを持っている人。そんな重要キャラクターのうち、この時点のゲームシナリオでは描かれていない人がいるとしたら)


 先ほど目の当たりにした、雷のようなスキルの光を思い出す。


(……それは、黒幕側の主要人物だ)




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