104 そうやって確かめる
「……ごめんなさい、レオナルド」
どれほど心配を掛けるのか、十分に想像はしていたつもりだ。それでも目の当たりにしてみれば、フランチェスカの想いなど浅かったのだとよく分かる。
「本当にごめん。きっと驚かせたし、必死に探してくれて…………わ!?」
「……動いてる」
背中と腰に回された腕の力が、ぎゅうっとますます強まった。
「鼓動が鳴っている。体温もある……」
レオナルドはひとつずつ言葉にしながら、フランチェスカの首筋に自身の額を擦り付ける。
その仕草はまるで、小さな子供が甘えているかのようだった。
「レオナルド」
「…………」
彼はそこでようやく体を離すと、フランチェスカの顔を覗き込む。
無表情のまま、フランチェスカのくちびるに親指でそっと触れて、確かめるように言葉を紡いだ。
「……君がまだ、息をしている……」
「……っ」
レオナルドはきっとこれまでに、それらを失った人たちをたくさん見てきたのだ。
もう一度「ごめんなさい」と告げようとした。そんなフランチェスカの言葉は、スキル発動の光によって遮られる。
「え!?」
土砂崩れを起こした崖の一部が、爆ぜるような音と共に吹き飛んだ。
「わ……」
レオナルドは左手でフランチェスカを抱き寄せると、フランチェスカを自分の体で庇うようにしながら、その右手を崖に翳す。
レオナルドのスキルによって抉れた穴は、雨が凌げる洞窟のようになっていた。
更にスキル発動の光が走り、地面から岩が突き出して、まるで柱のように洞穴を補強する。
レオナルドはフランチェスカの体を抱き上げ、その急造の洞窟に向かって歩き出した。
「れ、レオナルド!!」
「…………」
レオナルドにしがみつきつつ、フランチェスカは慌てて彼を呼ぶ。けれどもレオナルドは無言のまま、洞窟に入る寸前に立ち止まりもせず、後ろの木に右手を翳した。
スキルの光は炎となって、森の木に纏わり付く。恐らくレオナルドはこの木を燃やし、煙によって狼煙にするつもりなのだ。
(今のだけで何個スキルを使ったんだろう!? 絶対に、ものすごく珍しいスキルや強力なスキルの組み合わせ……!)
先ほどあんなに脆く崩れた崖が、しっかりとした雨よけの洞穴になっている。けれども今は、それを口に出すような空気ではない。
レオナルドはフランチェスカを地面に下ろすと、抱き締めた腕を離す前に、更にもうひとつスキルを使った。
「このスキル……」
それが何かはすぐに思い当たる。光の玉がふわふわとフランチェスカの周りを漂い、擦り傷が出来ていた箇所などに触れていった。
(傷交換のスキルだ。レオナルドが、亡くなったお父さんから貰った……)
小さな小さな擦り傷ばかりで、見た目で分かるような負傷などしていない。それなのにレオナルドはフランチェスカを回復するため、真っ先に傷を引き受けるスキルを使ってくれている。
「……勝手なことばかりしてごめん。だけどレオナルド、ひとつだけ教えて……」
先ほどからずっと無言のレオナルドに、フランチェスカは恐る恐る尋ねる。
「ラニエーリ家のお姉さんは、怪我したりしていなかった……?」
「…………」
フランチェスカを抱き締めていたレオナルドが、そこで大きく息を吐いた。
「無事に帰ったよ。……自分が死んでもおかしくなかった状況下で、それが一番の心配ごとか」
「お、怒るよね。危ないことして心配も掛けて、ごめんなさい……」
「……」
レオナルドは、フランチェスカの濡れた髪をそっと撫でて言う。
「君に怒ってなんかいないよ」
「でも……」
「俺がいま腹を立てているのは、君を襲った連中や崩れてきた崖に対して」
「が、崖?」
「そして何よりも、みすみす危険な状況を許した自分にだ。……フランチェスカを喪った世界に、なんの価値もありはしないのに」
ぎゅうっと抱き締めてくる力は弱い。
けれどもそれは、フランチェスカに縋り付いて懇願するかのような、そんな切実さを帯びたものだ。
「……俺の傍から居なくなる気なら、せめて、俺を殺してからにしてくれ……」
「……っ」
祈るようにそう告げられて、フランチェスカはレオナルドをおんなじように抱き締め返した。
「居なくならない。約束する」
「……どうかな」
レオナルドは小さく笑い、恐らくはわざと意地の悪い言い方をした。
「君はこんなとき、案外嘘つきだ」
「そう知ってても、死なないって信じて」
ゲームの結末を迎えない限り、フランチェスカがこのシナリオから降ろされることはない。
それを説明したところで、レオナルドはきっと心配を止めないような気がした。だから結果として、根拠のない断言になってしまう。