102 シナリオ(第2部3章・完)
主人公はグラツィアーノを前になすすべもなく、それでもなんとか構成員に助けを求めて、グラツィアーノを病院に運び込んでもらう。
(それからグラツィアーノが王都で治療を受けて、主人公も調査が続行できなくなっている間に、グラツィアーノのお父さんが殺された知らせが入っちゃう。ゲームでその流れが決まってる……)
フランチェスカには、ひとつの予感があるのだった。
(薬物事件を追っているときは、ゲーム一章で起こることの大枠が同じまま、所々の配役や細かい出来事が違う形で進んでいった)
そうやってどれだけ回避しようとしても、フランチェスカはゲームの出来事に巻き込まれる。
(リカルドと行動するはずの夜会に、レオナルドと一緒に行ったり。リカルドが撃たれそうになるのを私が庇うはずが、私が撃たれそうになったのをパパが庇ってくれたり……)
それはつまり、ゲームにおける大きなイベントは、類似するイベントに置き換わってでも強制的に発生するということだ。
(このシーンに、私以外の誰かが一緒に居た場合。その人が大怪我をして、何日も苦しむことになる……)
だからこそフランチェスカは、この馬車に自分以外の誰も乗せる訳にはいかなかった。
残るひとりの男と対峙し、互いに銃口を突き付け合いながらも、フランチェスカは銃を握り締める。
(私だけでこのイベントを迎えたら、私が撃たれる可能性もある。でもきっと撃たれたのが私なら、それは致命傷にはならないんだ。だって)
転生先である『フランチェスカ』は、ゲーム世界の主人公なのである。
(考えたくもないことだけど。他の主要キャラクターが死んじゃった場合も、メインシナリオは別のキャラクターに置き換わって進む可能性がある。だけどただひとりだけ、どうあってもストーリー上で別の人間に変えられないのは、主人公の私だ)
フランチェスカの物語は、フランチェスカが死ねば描かれることはない。主人公が変わったとしたら、それは別の物語になる。
(私を中心にして巻き起こるシナリオ。私が私である限り、絶対に回避できない物語。私だけがその中で死なない保証を持つ、そんな運命なんだとしたら……)
隙のない男から銃口を逸らさないまま、フランチェスカは腹を括った。
(こんなとき、危ない目に遭うのは私だけでいい。主人公に生まれたのに物語から逃げて、完遂させるつもりがない悪党である私の、絶対に貫かなくちゃいけない覚悟……!)
悪党は、無関係の人間を巻き込んではいけないのだ。男を静かに見据えると、彼の銃が僅かに揺れる。
「く……っ」
急所を狙うだけの隙が生まれた。フランチェスカが、殺傷をせずに済む樹脂弾で彼の顎を撃とうした、その直後である。
「――お迎えに来たわよ、フランチェスカちゃん!」
「!」
森の向こうから、女性の甘い声がした。
「あら? 気の所為かしら。綺麗な赤い髪が見えた気が、したのだけれど……」
(そんな)
フランチェスカが振り返ると、ほっとしたような明るい声がする。
「やっぱり居た、フランチェスカちゃん! 馬車の轍を追ってきて正解、ね……」
森の奥から現れたのは、美しい女性だ。川原でサヴィーニ家の人間に追われ、グラツィアーノがそれを助けた、ラニエーリ家の娼婦のひとりである。
華奢な肩にストールを羽織った女性は、きょとんと不思議そうにまばたきをした。
「え……? これは、一体」
「この女……くそっ!! 顔を見られたからには……!!」
「駄目!!」
男の銃口が女性に向き、フランチェスカは咄嗟に引き金を引いた。樹脂の弾は男の腕、それから腹に直撃するが、蹲った男はそれでも引き金を引こうとする。
「い、嫌……っ!!」
(狙いを定めてる時間がない……!!)
怯えて座り込んだ女性を前に、フランチェスカは駆け出した。彼女と男のあいだに飛び込んで、銃弾の盾になろうとする。
(結局、大枠はシナリオの通りに……!)
撃たれる未来を確信し、ぐっと息を詰めたそのときだった。
「が……っ!!」
「!?」
雷鳴のような光が走り、男が悲鳴を上げる。
(レオナルドのスキル? でも、なんだかちょっと違う気がする……!)
何が起きたのかは分からなかったが、迷っている暇はない。フランチェスカはそのまま男の懐に飛び込むと、その腕にしがみ付いた。
「銃を、渡して……!」
「っ、離せ!!」
凄まじい抵抗に遭うものの、男の握り締めた銃を掴み、安全装置を掛けることに成功する。
男の握り拳が振り翳され、フランチェスカが殴り付けられそうになった、その瞬間だ。
「……っ!!」
もう一度、誰かのスキルによる光が走った。
それと同時に、男の手が銃から離れ、引っ張り合いをしていたフランチェスカが後ろに投げ出される。
「――――あ」
フランチェスカが目を見開いたのは、その先が切り立った崖だったからだ。
「フランチェスカちゃん!!」
「お願いです、逃げてください……!!」
女性に向けてそう叫ぶと、女性は泣きながら頷いてくれる。
(よかった……)
心から安堵したフランチェスカは、そのまま崖下に転落していったのだった。
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