101 出迎え
フランチェスカは目を閉じて深呼吸をし、ゆっくりと開いた、その瞬間だ。
「!」
馬の嘶きが響くと同時に、フランチェスカを乗せた馬車が停まった。
(来た)
カーテンを閉め、わざと隙を作った甲斐があるというものだ。フランチェスカは集中を研ぎ澄まし、外の気配を探った。
(……うん。ゲームの通り)
そんなことを確かめながら、声だけは平常通りに御者へと尋ねる。
「あの、御者さん! どうかされましたか?」
「申し訳ありませんお嬢さま。さっきまでこの辺りに狼でも居たのか、馬が怯えて動かないようでして」
「まあ。それはお馬さんが可哀想」
馬車の扉に耳を当てて、外の物音を逃さないようにする。
フランチェスカは、ドレスの裾に隠した銃を抜いて片手に持つと、ふーっと息を吐き出した。
「宥めるのには時間が掛かりそうです。よろしければお嬢さま、外の空気でも吸いながらお待ちになられませんか? ちょうどこの辺りは小高い丘になっていて、景色がいいですよ」
「素敵ですね、是非そうします。……と、言いたい所なのですが……」
外に立っている人物が、同じく馬車の扉に触れた気配がする。
フランチェスカは扉から離れると、靴の踵を外に向け、全力で扉を蹴り開けた。
「が……っ!?」
「生憎と、小さな頃から教わっているので」
勢いよく開け放たれた扉が、外にいた人物に直撃する。大柄の男は鼻を押さえると、数歩後ろによろめいて倒れた。
フランチェスカは馬車から飛び出し、ドレスの裾を翻らせながら銃を構える。
残る三人の男のうち、先ほどまで手綱を握っていた男を見据え、静かに言った。
「――乗り物が予定通りに動かないときは、運転手を疑うようにって」
「くそ、小娘が!!」
フランチェスカを馬車に乗せた御者が、握り締めた鞭を振り上げる。
(原作では今日、相変わらずあんまり仲良くなれていない主人公とグラツィアーノが、ふたりでラニエーリ家の別荘に向かう日だ。けれど本物のラニエーリ家の迎えの馬車は、この人たちに妨害されて、私を迎えには来れていない)
フランチェスカは身を屈め、唸る鞭を地面に手をついてかわす。そのまま御者の懐まで飛び込み、手にしている銃で御者のみぞおちを殴ると、御者は濁った声をあげてくずおれた。
「な……っ!? スキルも使っていないのに、どうなっている!?」
スキルなど存在しない前世から、フランチェスカは嫌と言うほど誘拐されてきているのだ。今世でもこんなときのために、体を鍛えて特訓をしている。
男たちは後ずさろうとしたが、そうもいかないのは計算済みだった。なにしろ彼らの背後では、森の地面が抉れたようになっている。
(丘なんて言い方をしてたけど、どう見てもちょっとした崖だよね。襲撃があるって知ってたのにひとりで来たなんて言ったら、みんな絶対に心配するけど……)
心の中で深く詫びながらも、フランチェスカは身構えた。残りふたりとなった男たちは、フランチェスカを忌々しそうに睨み付ける。
「おい、さっさと捕まえるぞ!」
「迂闊に近付けるかよ! あのガキ銃を持ってんだぞ!?」
「あんなもの飾りに決まってる、小娘に引き金を引く勇気がある訳ねえだろ! せいぜい脅しに……」
フランチェスカは銃口を向けると、男に向けて引き金を引く。ぱぁん! と破裂音が響いたあと、男のひとりがどさりと倒れた。
「こいつ……!」
「実弾じゃなくても。当たる場所が悪いと相当痛くて、男の人を気絶させるくらいは出来ます」
樹脂で作ってもらったその弾を使うと、それなりの威力が発揮される。骨くらいは折れる武器となるのだ。
「は。護衛なんぞ付けなくとも、十分戦えるお嬢さんだったとはな。ひとりでふらふら出歩いてんのも、お供は却って邪魔だって訳か?」
(そうじゃない。……だけど、ゲームでは……)
フランチェスカの脳裏に過ぎるのは、ストーリーで描かれたワンシーンだ。主人公はグラツィアーノに縋り付き、必死に叫んでいた。
『グラツィアーノさん!! ……グラツィアーノさんお願いです、しっかりしてください……!!』
『……うるっさいな……。喚かないでもらえますか、余計最悪な気分になる……』
『だって……。私を庇って、こんな怪我……!!』
スチルに描かれるグラツィアーノは、腹部から大量の血を流した姿だ。