100 その血の重さ
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グラツィアーノはそれを受けて、不機嫌そうな顔をする。
「揺さぶりでも掛けてるつもりですか? 言っておきますが、俺とその家は関係ない」
「『関係ない』で生きてきたなら、今更ここで関わる必要も無いだろうに。それに、いま危険なのは誰かさんの父親だけじゃないって分かってるか?」
「……?」
レオナルドはあくまで軽い口振りのまま、椅子の肘掛けに頬杖をついた。
「この国では、実子でなくとも家を継ぐことが出来る。だが、実際にそれを許して取り入れるのは、比較的柔軟な考えを持つ家だけだ」
「なにを……」
「リカルド。もしもお前が命を落とし、セラノーヴァ直系の血筋が絶えたとき、お前の家は血の繋がりがない他人を養子に迎えて跡を継がせるか?」
そんなことをレオナルドに尋ねられたリカルドは、少々面食らった顔をしつつも答える。
「いや。法律上問題がないことは分かっていても、我が家ではそのような選択は取らないだろうな」
それは、フランチェスカの父がグラツィアーノを養子に迎えることに決めたのとはまったく別の判断だ。
「セラノーヴァ家の家系図を何代でも遡り、僅かでも当家の血を引く人間が連れて来られるだろう。それがたとえ、この世界の流儀を知らない人間であろうともだ」
(そうだよね。うちのパパは血筋にこだわらず、優秀なグラツィアーノを養子にしようとしてるけど、そんな判断をする家ばかりじゃない)
グラツィアーノもそこに異論はないのか、眉根を寄せたまま黙っていた。レオナルドは、万年筆をくるくる回しながら笑う。
「後継者にこだわる家にとって、当主の血を引いた子供っていうのは重要視されるんだよ。重宝する人間もいれば、邪魔に思う人間もいるだろうな」
「あんた、さっきから何が言いたいんです?」
「まあ、単刀直入に言うと」
万年筆をぴんと上に弾き、それをぱしっと空中て捕まえたレオナルドが、その先をグラツィアーノの方に向ける。
「ある日突然『当主の息子』が現れた場合。排除して別の人間に跡を継がせるために、その息子の命を狙う輩が現れてもおかしくないってことだ」
「……!」
グラツィアーノは、そこで初めてその可能性に思い当たったようだ。
けれどもそれは無理もない。
レオナルドたちのような立場ならともかく、長年孤児やただの構成員として生きてきたグラツィアーノにとって、自分の血筋の価値を感じたことなど一度も無かっただろう。
「自覚しろよ番犬。他人を殺し屋から守る以前に、お前自身が狙われている可能性もあるってこと」
「……俺は、そんなもの……」
「――――はい!」
ふたりの会話に割り込むように、フランチェスカは挙手をした。
「お終いお終い、これで終了ーーーーっ!」
「……お嬢」
重苦しくなった食堂の空気を吹き飛ばしたくて、大きな声でそう叫ぶ。喧嘩のようなやりとりを止めたかったこともあるのだが、フランチェスカが立ち上がった理由は他にもあった。
「ふたりとも、真面目な雰囲気をちょっと消しておいて! もう十時になっちゃう、そろそろソフィアさんの所からお迎えの馬車が……」
ちょうどそのとき、食堂の扉をノックする音がした。扉を開けたのは、カルヴィーノ家で使用人を務めてくれている男性だ。
「フランチェスカお嬢さま。ラニエーリ家からの馬車が参りました」
「ありがとう! すぐに行きますってお返事をお願い」
今日の予定を思い出してくれたのか、レオナルドが「ああ」と呟く。
「本当に借りに行くんだったか? 音楽鑑賞会で着るためのドレス」
「そうだよ、ソフィアさんとお姉さんたちに選んでもらうの! 今夜は湖のほとりで生演奏が聴けるんだから、ふたりとも夜まで仲良くね? リカルド、仲裁をよろしく!」
「お嬢。ひとりで行くなんて危険です、俺も同行させてください」
「駄目だよ。今回は男子禁制、女の子だけで色々お喋りしましょうって約束の会だもん」
フランチェスカは指でバツの印を作ったあと、溢れる嬉しさを噛み締めた。
「うう、楽しみ……! それじゃあみんな、行ってきます! またあとでね!」
フランチェスカはそう言って、ぱたぱたと足早に食堂を出る。
三人だけが残された食堂で、どんな会話が繰り広げられたのかなんて知る由も無いのだ。
「……まあさすがに。フランチェスカが何度もドレスを着替えて試着するような場所に、俺たちが無理やりついていく訳にはいかないよな」
「言っときますけど。お嬢で変な想像したらぶっ殺しますからね」
「ははは。フランチェスカを守ってるつもりかもしれないが、いま守られてるのはお前の方だからな?」
「……は?」
自分の居なくなった食堂で、レオナルドがグラツィアーノに告げたことだって、フランチェスカの耳には届かない。
「『夏休みを楽しむ令嬢』って名目で滞在してるこの森に、怪しまれるのを覚悟の上で、カルヴィーノ家の構成員を大勢連れて来ている意味を考えろ」
「……」
その言葉に対し、グラツィアーノはもどかしそうに舌打ちをしたのだった。
***
(よかった。誰もついてきてないみたい)
ソフィアの別荘に向かう馬車の中で、フランチェスカは窓の外を眺めていた。森の中に伸びる道は、木々に遮られて見通しが悪い。
(三人とも紳士だから、『女の子だけで着替える』って言えば気を遣って、配慮してくれるはずっていう予想通りだ)
そんなことを考えながら、さり気なく馬車のカーテンを閉める。
(ここまでは、作戦通り)