表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

海を見つめる伝言板

作者: 石井 謨


 令和の元号に違和感を感じなくなった昨今、仕事のノルマは契約件数だけでなく有給の消化まで及び、強制的に一週間の休みを取らされた。上司から明日からだぞ、と念押しされた晩、休暇を過ごす場所を探すため、自宅から電車で三時間以内、美しい風景、という条件をパソコンで打ち込んだ。画面をスクロールしていると、海に面した駅舎の写真が目に飛び込んできた。近くにいくつかの温泉街もあり魚も美味そうだ。湯治もどきも悪くないと、翌夕にはその駅舎に足を運んでいた。

 駅舎は待合用のベンチと乗車券の自動販売機、切符を入れる小箱が改札という、殺風景な小屋だった。海を見ながらタバコをふかしていると、自分の目線と並行に立つ伝言板が目に入った。懐かしいと思い、近くに寄ったが何も書かれていない。それもそのはずでチョークも黒板消しも無い。廃棄すらもしてもらえなかったのかと思ったとき、ふとイタズラ心が浮かんだ。


 翌日の休暇二日目に、レンタカーを借り、近くの名所を見たあとにホームセンターでチョークを買うと

「16:55ようやく辿り着いたよ。それなのに君はいない」と伝言板に書き、チョークを紐で結わえてピンで留めた。

三日目の夜、駅舎を覗くと「08:25/すれ違いね」と書き足されている。綺麗な草書体だった。仕掛けた本人が驚いては様にならない。顔が緩むのを感じながら「19:10/君は今どこにいるの」と書き添えた。


四日目「08:30/水底で海神の歌を聴き、雲の上でお陽様とにらめっこ」

「18:45/素敵だね。どうやって行くの」

五日目「08:29/想像力を働かせて」

「18:55/歳を取って枯れるのは、肉体でなく想像力なんだ」


六日目は何も書かれていなかった。ここまでか、と思ったが今日が日曜日であることに気がついた。書き手は学生かも知れない。「18:31/想像力は衰えるが、美への感性は鋭くなる。自分がこの美しい世界に生を受けたということを実感したい」と、心のなかで手を合わせながら書いた。


 休暇の最終日、レンタカーを返し、夕暮れの駅舎に着いた。黒板には「08:40/日没は17時55分。海を見て」と書いてあった。

振り返ると水面が穏やかな波に揺らぎ、傾く夕日に向かって光の道が真っ直ぐ伸びている。カモメが声をあげて飛翔し、その先を朱色に染まった雲がゆっくりと流れている。

西に位置する海辺の街なら何処でも見られる風景かも知れない。けれども美しい、と心の底から思った。電車が到着するアナウンスが流れる。僕は慌てて「17:44/本当に美しい。どうも有難う。お陰で充実した休暇だった」と書き車両に飛び乗った。 


ドアが閉まり電車が動きだす。ホームにいた、家路に向かう女子高校生グループのひとりと目が合い黙礼した。美しい黒髪を揺らして彼女も微笑んでくれる。乗客と汐の香りを運んだ列車が夕日を背負って進む。僕は頬杖をついて水平線に沈む夕陽を眺め続けた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ