第24話 - 5 剣士から兵士へ ~ベルゼムとの最後の戦い
木剣を突き合わせながら、トールは思った。戦場で命の奪い合いを経験した今、まったく感覚が違っている。以前よりも、明らかに恐怖心に薄い。威力を落とした木剣とは言え、殺傷力がない訳ではない。しかし人の殺傷を目的にした武器に比較すれば、死との距離感は大きく違っている。対峙するベルゼムの鬼気にも、心が圧されない。自分は彼に、殺される心配はないのだ。
この対戦は、ベルゼムの申し出に応える形で実現された。獅子王杯前の対戦で敗れて以降、ベルゼムはトールを目標に定めた。遠くなる背中を自覚しながら、それでも必死に追い求めてきた。学院を去るトールに対戦を求める心情は、容易に察せられる。
場は、学院近くの川沿い。以前、対戦した闘技場と比較すれば、足場は安定しない。所々、ぬかるんでいる箇所もあり小石も混ざる。側には、カリムとシンシアが見守る。
風が吹いてきた。サワサワと、草の擦れる音。ベルゼムは中段に構えながら、トールを中心に孤を描くように回る。――俺が突ける隙など、あるはずもないか……。改めてベルゼムは、トールとの力の差を察する。自分が一歩を進む間に、トールは二歩も三歩も差を開かせていく。絶望と共に、込み上げてくる歓喜。
ベルゼムが、風上に立った。……トールは、ベルゼムの右手が剣から離れ、上を向いて開かれるのを見た。この動きにどんな意味があるのかと、無警戒に注視してしまった。
!?
刺さるような熱さに、トールの両目が塞がれる。視界と同時に、思考までも奪われた。その刹那、トールの胸に重い衝撃が襲う。ベルゼムの刺突が、トールの胸骨を捉えた。
衝撃を受けたと同時に、トールは後方に倒れ込む。いくらか力を逃がし、辛うじて骨折は免れる。だが視覚を奪われ、ダメージを負ったトールに追撃に耐える力はない。頭を上段から打たれ、勝負は決した。――止めの一撃に加えられた手心を察し、トールは敗北を認めた。
「ベルゼム、汚ねえぞ! てめー!」
激昂したカリムが、ベルゼムに掴みかかる。
「止めろ、カリム!」
二人の間に割って入り、トールはカリムを制した。奪われた視界も一瞬のことで、何とか目は開けられる。どうやら、唐辛子の粉のようだ。
「完全に、油断した僕が悪い。ルールも決めていなかったし、反則をしたっていう訳じゃない」
「けどよ! ベルゼム、あれが剣士の戦い方か!? 学院を去るトールに、何してくれてんだ、てめーはよ!」
カリムの激昂に、ベルゼムは応じない。……ベルゼムの顔に、勝者の喜びはない。卑怯者の優越感も後ろめたさも伺えない。だがトールには、その真意が解る気がした。
「ありがとう、ベルゼム。……戦場には、ルールも審判もない。だから君は、僕を剣術ではない形で負かしてくれたんだろ?」
「……その、悪かった」
トールは頷いた。この「悪かった」は、その上で卑怯な行為に及んだ事への謝罪と察せられた。ベルゼムは、卑怯・卑劣といった言葉からもっとも遠い存在だと、ここにいる誰もが知っている。「死ぬな!」という、トールへのメッセージだ。
ベルゼムを相手に、油断したつもりはない。元より、決して侮れる相手ではない。しかしトールの中で、どこかに慢心もあった。
「ありがとう!」
トールは、熱くベルゼムを抱擁した。卑怯者と罵られるのを覚悟しての行動に、トールは素直に応えた。
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