第24話 - 4 剣士から兵士へ ~退学願い
アラド=クラーゼン学院は、トールの戦地での活躍に湧いた。それはセイ=クラーゼンの起こした暗い事件を払拭する上でも、大きな意味を持った。学院長エレナは、これを学院の名誉回復と学内の士気向上に利用した。
トールは、セントーサなどとの対戦機会なく、学院筆頭の地位に。学内最高勲章も授与された。学院正門を「トール門」とするアイデアは、さすがに露骨すぎるとエレナに却下された。エレナにも、褒められたやり口ではない自覚はある。露骨に過ぎれば、さすがに世間からもトール自身からも呆れられるだろう。
――しかし学院側の思惑に反して、トールはエレナに、ある要望を提出した。
「……退学届けか。理由は、明かしてくれるんだろうな?」
こうして学院長室で話すのは、何度目だろうか? 獅子王杯・フレイ戦を前に行き詰まり、エレナにすがったのが、遠い過去のようだった。
トールは、現在の自分の心境と考えを伝えた。エディンバラ公国と交戦状態に入った今、悠長に卒業を待ってはいられない。従軍して、戦列に加わりたい。
「自惚れるな! お前のような若造が加わったところで、何の足しにもならんわ! ……と言いたいところだが、お前は十分な戦力になる。モスリナで証明済みとあっては、説得力にも乏しいな」
「それでしたら……」
「しかし! はい、そうですかと退学を認める程、私は教え子に冷たくはないよ」
エレナのトールへの眼差しは、複雑な色を帯びていた。
「トール、お前は私に感謝をしているか?」
「はい、それは勿論! 学院長が用意してくださったこの場がなければ、今の僕はありませんでした」
「……よろしい。では学院を去る最後に、私の出す条件を断るはずがないと、考えて良いのだな?」
「はい、何でも仰ってください」
トールの承諾に、寸分の迷いもない。自分にとって不利益な条件を、エレナが出すはずもなかった。
「退学という形は、私が承諾しない。その代わり、オーシア地上軍士官学校に編入しろ」
「え、それでは!?」
「早く戦場に出たいお前の気持ちは、まあ解らないでもない。故郷が寸前のところで、落とされそうになったのだからな。だが剣士と兵士とは、根本では異なるものだ。いくら我が校が多くの兵士を排出しているとは言え、そのまま直ぐには使い物にならない」
「……」
「期間は2年だ。……何、たった2年でオーシアは滅ぼされはしない。兵士としての力を付けてから、戦場に出ろ! 生存率が、まったく変わってくるんだ。死んでしまっては、元も子もないだろう? モスリナで生き残れたのは、たまたまだと思え」
「……解りました。士官学校に編入いたします」
トールは、覚悟を決めた。確かにモスリナで、自分は死と隣り合わせにいた。……どこかに少しは、自分が加わればオーシアは強くなるという自惚れもあったのだろう。学院長が必要だと言うなら、それは絶対に必要な過程だ。
「よし、手紙を書いて渡してやるから、今から行ってこい! 士官学校の方には、既に話を通してある」
「はい?」
本気で驚くトールに、エレナは得意気に笑んだ。
「あと、籍はクラーゼンに残してもらうぞ。お前には、まだ伝えるべき事が残っているからな」
トールは黙って、頭を下げた。そこには感謝と、人として敵わないという平伏の意味が込められていた。
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