第21話 - 6 攻城戦2 ~運動合理性の更新
トールの走りは、分ごと、時として秒ごとに洗練されていった。肉体操作感覚が、新しい合理性を更新していく。その度に、速度に対する筋負担が軽減していく。簡単に言えば、より疲れずにスピードを上げられるようになる。
足を前に出す筋肉は、鳩尾の辺りを起点とする。だからその意味で、足の付け根は股関節ではなく、鳩尾にある。普通、大多数の人間は股関節から足を前に出そうとする。それを鳩尾に上げるだけで、ただ歩く・走るといった運動効率は大幅に向上する。この意識自体は、トールも修得済みである。
しかし走りながら、トールはふと気が付いた。その起点を何となく体の中心に置いていたが、実際には体の後ろ、背中側に正解がある。足の付け根意識を、ほんの数センチ背中に移すと、足がグンっと前に出た。足を出そうと意図してから、現実に出るまでのタイムラグが感覚的に大きく短縮される。そこでトールは、ズレていた分だけ時間が余計にかかっていたのだと知る。合わせて、他の連動性も更新されていく。
推進力が上がれば、頭を支える筋肉への負担は増える。反動で振られる頭部は、やや強引に首の力で固定される。トールは筋肉の負担が、首から背中に伝わるのを感じた。そこで、背中の上側を首と連動して意識。背中の大きな筋肉が首を支えるのに動員され、格段に安定感が増した。
この効果は、更なる推進力の向上をもたらした。わずかな頭部の不安定さにより、体幹部は絶えずバランスの微調整に追われ続ける。この役目から解放された筋肉群が、推進力に振り分けられたからだ。
これらの身体操作の更新は、走る動作に留まらない。関連するあらゆる動作、当然、剣術にも反映される。この時点で、トールの剣術は更なる向上を約束された。
? ふと、一頭の馬がトールの目に入った。馬具は装着されているが、周囲に人影はない。はぐれ馬だろうか? トールが近づいていくと、馬は人懐っこく寄って来た。顔をトールの頬にこすりつけ、甘えてくる。
「乗っても良いかい? お馬さん?」
軽快に、トールは馬の背に乗る。馬は前足を上げて激しくいななき、振り落とそうとする素振りを見せる。トールは片手の手綱でバランスを取りながら、優しく馬の頬を撫でた。……馬は直ぐ、トールを主人と受け入れたようだ。
トールは颯爽と馬を駆り、モスリナに向けて走り出した。馬の走らせ方は、メアリーの背中が教えてくれていた。
予告: 第22話 戦場に立つ
さて、そろそろ勢いが落ちてくる頃……と、一人の兵士がロメロの目に留まった。もう兵士としての絶頂は過ぎているであろう中年兵、その動きが衰えない。むしろ時間の経過とともに、強さも速さも増しているように見える。一人、想定外の傑物けつぶつがいた!
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